|
|
| 2011.11.14 |
すでに帰国して数週間。
帰って来てしまうと、デンマークでの出来事が
すべてなかったことみたいに、どんどん毎日が過ぎていく。
思い出すのは、物や出来事や風景ではなくて人ばかり。
デンマーク人、セルビア人、ルーマニア人…。
あの心の底から湧いて来るような優しさと人懐っこさは、
僕の心に引っかかって取れなくなった。
笑顔と親しみ深い言葉のみをフラッシュバックしていると、
何かに入れ込んだ少年みたいな気分になって来る。
自然と、あの人たちの気持ちに応えるには、
僕はどうすべきなのかといつも考えている。
これが人のあるべき形のひとつかなと想像しながら。
バンドマンとしては、帰国後すでに、
2つのライブとひとつのラジオ番組出演を終えた。
思った以上に体は動くし、なによりデンでの練習の効果が明確に現れている。
恐ろしいね。
もちろんお客さんにわかるほどのものかどうかは知らない。
でも、自分ではこれまでウイークポイントだと思っていた部分が、
全く気にならなくなっている。
演奏が楽しくなって来た。
まだまだ要望に応えられるんじゃないかと僕自身が期待してるわ。
|
| 2011.10.9 |
最近にはめずらしく自然に日記を書こうというモード。
こうやって少しずつ日常を取り戻す。
いや、デンマークが日常をはずれているとかそんな意味じゃなく。
帰国が迫って、かなりの物品をネットを通じて売りに出したが、
売れるものと売れないものにはっきりとわかれる。
いたしかたなし。
最後の手段で今日は近くのギャラリーを使わせてもらって、
ガレージセールを実施。
友人たち、知人たちがけっこう集まり、ウソのようにはけた。
今日が会える最後の日だろうという人もあるから、
単なるガレージセールにはならない。
準備に時間がかかり過ぎて開始が遅れたので、
いっしょに商品を運んでくれたり広げてくれたりした人もいる。
僕はデンマークの人たちが好きだ。
デンマークを好きかどうかは、まだ知らないことだらけだし、
なんとも言えないが、デンマークの人たちは明らかに好きだね。
ここにいることは、反発のないクッションに身をゆだねているようなもの。
こんな場所が世界に存在したということが、
僕にはこの上ない貴重な知識と経験となって、
今後の人生に影響して来るはず。
楽しい。
単純にそう言い切りたい。
そして怒濤の日々が待つ…。
|
| 2011.10.4 |
帰国が近づいて、いろいろ物を売りに出してる。
芝刈り機から、うどんの出汁まで。
こっちの日本人会というのがあって、
そういうところとはこれまで全然関わりなかったのだが、
そこのサイトで告知すれば日本人が見てくれるだろということで、
リンクで僕のページへ飛んでもらう。
とにかく物が増えた。
で、送るには送料が高過ぎる。
送っても日本の家にはおく場所なし。
家電は持って帰っても使えない。
冬用のブーツなんか関西じゃ履く機会ない。
まあ、そんなこんなで片っ端から写真とってるよ。
ちなみにこんな感じ。
送料出してくれるなら日本まででもおくるけど?
http://www.poolcompany.com/sale/
|
| 2011.10.3 |
帰国近し!
忙し!
ライブ告知しました。
まだ他にも予定入るので追ってアップします。
ラジオ番組もあったりなんかして…。
そして日記も月記脱出を試みる。
|
| 2011.9.7 |
ウチの近所のガソリンスタンドでは、
僕の車のガソリンは1リットル12kr.あたりで推移してる。
今、デンマーク・クローネが約15円だから180円ほど。
ちょっと高いね。
でもこれが、日毎はもちろん時間によっても変動するから、
下手な時に入れないように気を遣う。
安いのは朝か夕方以降。
先日は久しぶりに10kr台の表示を見つけて迷わず入れた。
リッターあたり1kr違うと、10リッター入れるだけで150円も違って来る。
30リッター入れたらその差は450円よ。
最低単位が1krと考えると、全ての値段は15円きざみなわけで。
そう考えると恐ろしい。
(実際にはそれ以下の単位もあるが、特殊な使われ方なので…)
物価も違うけど、通貨が違うと感覚も変わるよ。
帰国のときが近づいて来ている。
いろいろあったがイヤな思いはなし。
デンマーク人の寛容さ人懐っこさには驚愕する。
日本人も気持ちに余裕を持たないとね。
ただ、世界一幸せな国だとかなんだとか、そんなものはただのレッテル。
デンマークという国はすでに様々な問題を抱えて、
今と同じ状態をキープ出来なくなっている。
結局、夢の国、楽園、そんなものはただの夢。
僕らは目の前の問題をすこしずつクリアしつつ、
明日は今より前を歩いていることを考えるしかない。
さてさてやること満載。
整理すべきこと山積み。
処分するものをリストアップしなきゃ。
そのうちプツンと切れて動かなくなるかも…。
あ、これって1ヶ月ぶりか!
ヒドいなw
|
| 2011.8.8 |
ここんとこ毎日何か書こうと考えるけど、
どうもTwitterで事足りてしまってる気がする。
日記とTwitterは別物と考えてたけど、
書きたいことを短く言い切ってしまえたら、
日記なんて必要なくなっちゃうというか…。
さらにそれをfacebookにも送信してると、
そっちでも新しいやり取りが発生したりして。
ま、これも面白いコミュニケーションだと思う。
リア充とか言うけど、僕は両方合わせてリア充だと思ってるよ。
天秤にかけるものじゃない。
車のドアミラーに、何度とってもクモの巣がはられるのに、
その主がいっこうに姿を現さないと思っていたら、
ミラーとミラーのカバーの隙間を出入りするところを走行中に目撃。
いい場所みつけたな…。
えーと、発見、発覚、遭遇でもないし、と、
「目撃」という言葉を思い出すのにずいぶん時間がかかってしまった。
ちょうどいい言葉を脳内検索することは日常だが、
あんまり時間がかかるとボケてんじゃなかろかと思うわ。
|
| 2011.7.26 |
書きたいのに文章にならないことがたまって来ている。
書きかけの文章もたまって来ている。
こういう時期というのがたまにあって、
無理に書き進めずに途中でやめる。
結局それが日の目を見ることはほとんどない。
facebookの使い方がなんとなく見えて来た…。
スタートラインに立ったということか。
バルビネのページが静かすぎるのでなんとかしたいが、
なんとかって、そもそもなんだね?
とりあえず、公式サイトにはない写真があるので、
ご興味ある人はどぞ。
「いいね!」をクリックしてもらえるといいかも。
ま、その意味はよくわかっていないが…。
http://on.fb.me/p7kOgU
とにかくメールアドレスが多過ぎるな。
どんどん増えていくのをどうにも出来ない。
どのアドレスを何に使っているのか、
自分でもちゃんと把握出来ていない。
形のないものだから増やすのは簡単だけど、
削除するにはクリアするべき問題を伴うのじゃ。
シンプルに行きたい。
シンプルに生きたい。
|
| 2011.7.7 |
そうだ、今日は七夕。
リンゴスターの誕生日でもある。
日本から子供用の七夕セットみたいなのを送って来たから作ってみたよ。
夜にテラスへ出てみたら、雲が晴れてかすかに天の川が見えた気がした。
冬なら見えまくるんだけど、今は深夜になっても薄明るいしなあ。
デンマークには虫なんかあんまりいないんじゃないかと思ってたら、
全然そんなことはなくて、特に蜂がやたら飛んでる。
次に多いのがハエかな。
蜂と言うとすぐに刺されるとかって逃げ回るのがうちの家族にもいるが、
ほとんどの場合、こっちが何もしなければ害はないからほっときゃいい。
でもハエは不衛生なのでいやだ。
最近日本でもよく売っていた、ラケット型で電気でバチッとやるやつ。
要は虫を電気で焼いちゃうみたいなことだと思うが、
それをこっちのスーパーで買ってみたら意外に大活躍。
手を汚すこともないし、ハエ叩きよりは格段に優れてる。
あのでかい「バチッ!」という音だけは慣れるまできついけどね。
風呂に入りたいなと思う。
今のデンマークのウチには浴槽がない。
少し前にフランスに一週間行った時には、
浴槽のある部屋に泊まったので期待したが、
これは日本人の考える風呂じゃないとすぐに気づいた。
こっちじゃ浴槽だけあってもあとはシャワーだけなので、
結果的にシャワーか蛇口からの湯をためることしか出来ない。
追い炊きが出来ないから、冷めたら終わり。
しかも洗い場もないから、湯をためたって、じゃどこで洗うんよ、
ということになる。
もうひとつ言うと、シャワー室では足が洗えない。
座ることができないから、片足で立ってみたりしてるけど、
こんなこと落ち着いてやってられんもん。
シャワーしかないっていうのは、
座れる場所がなくてずっと立ってるみたいな感じ。
あるいはずっと靴を履いたままみたいな感じ。
わかるかなこのニュアンス?
とにかく休まらない。
練習台で練習を初めて今日で三日目。
なんだろなこの感じ。
とにかく退屈だ。
そう感じるのは、うまくできてない証拠かも知れんがとにかく退屈。
やりながら、イーーーーーーーッとなる。
ただ、腕はいい感じで筋肉痛。
続ければ一定の効果はあると確信してる。
続けばだが…。
しかし日本へ帰れば仕事が待ってる。
ま、面白くなるよ。
|
| 2011.7.6 |
デンマークの夏の日は長い。
というより、言ってしまうとピーク時は夜がない。
悪天で空が雲に覆われていると昼でも暗いが、
晴れていれば、真夜中にはある程度暗くはなるが、
真っ暗にはならずにまた明るくなって来る。
少し前に夏至を迎えて、それが少し引き戻した感じ。
これからまた暗い日に向かっていくのだと思うと、
デンマークの人たちの気持ちも一緒に冷えていくのかも知れない。
ここに文字で書いている分には変化が大きくて面白そう、
というくらいに思えるかも知れないが、
あきらかに自然というか宇宙の原理に翻弄されている。
ただ、デンマークの人たちにはそれを跳ね返す力が備わっていることに、
僕は気づいたよ。
彼らはいつもおだやかで、にこやかで、
知らないもの同士でも気軽に挨拶を交わし、
頼みもしないのに、どうかしたか?と声をかけてくれる。
自国を愛し、何かあるごとに国旗を揚げる。
みんなで同じ国旗を揚げるということは、
また、みんなで皇太子のベビー誕生を祝うということは、
連帯として繋がっているということだ。
良い歴史を作ろうとするでもなく、
ただただ自国民や自国の過去を非難したり卑下したりするばかりの
多くの日本人には見習ってもらいたいことがいっぱいある。
僕はドラムを演奏することでお金をもらうということをしながら、
実はドラムの練習をしたことがなかった。
全く。
これは信じてもらえないことが多いので、
(僕はいつも本心を言ってるのに信じてもらえないことが多い)
あまり大きな声で言うのはやめていたが、
それでも本当だからしょうがない。
信じられない人は、想像力に限界があるのだとあきらめてる。
僕にはこれまで、苦労して勝ち得たものなどひとつもない。
ドラムも長くやってるから、
いつのまにか誤魔化せる程度には出来るようになっただけ。
その程度の人間。
ま、ドラマーになりたいなんて一度たりとも思ったことなかったしね。
しかしそんな僕にも、この一年間のブランクはかなり大きい気がする。
最近はステージの頻度も少なくなって、
体調管理もままならなくなって来ていたところなので、
このまま帰国。即復帰はまずいかも。
すでに帰国の数日後にはステージが決定してしまったし。
というわけで、この期に及んで欲を出した。
この生涯に一度もやったことのない練習を始めることに。
しかし、やったことがないので方法がわからない。
とりあえずネットであれこれ調べて、効率の良さそうな練習法を見つけ、
ドラムショップで練習用パッドとスティックを買って来た。
メトロノームはiPhoneアプリがあるからね。
いやいや辛気くさいし退屈なもんだ。
ほんと、世のドラマーたちはみんなこんなことを一生懸命やってるんだね。
えらいわ。
とりあえず帰国まで続けたら、以前より身体が動くようになるんじゃないかな。
だって練習してるんだもん。
自分で自分を褒めてやりたい、とか言ってみたいもんだ。
僕がいままでなぜ練習をしなかったのか。
そりゃ理由はある。
今となっては、それが正しかったのか、やはり素人考えだったのか、
わかんないけどとにかくそれが僕の信念だった。
でももういいかなと思う。
この年になったから出来る方向転換というのもあるかも。
いや、それほど大きなことではない。
ただ今より良くするにはどうしたらいいかなと考えただけ。
お楽しみはこれからだ、というか、まだまだだ。
と、ここまで書いて、やっぱり続けられなかった、とか言ったらダメだよね。
|
| 2011.5.27 |
今日は障害者たちの展覧会にコペンまで行って来た。
ラウンドタワーという丸いビルの中に、
これはギャラリースペースなのか、本来は違うのか知らないが、
結構広いスペースで、何人もの障害者作家の作品展示。
オープニングパーティだというので覗いてみたら、
ものすごい人で驚いた。
作品が次から次へと売れてるようで、
これが障害を持つ人への同情や支援という意味なら少し寂しい気がしたが、
いや、この作品なら売れても納得。
全体に漂うなんとも言えない充実感と言うか、
奥深さというか、熱さというか、
脇目もふらずに作品に向かう集中力のようなものが、
作品の中にみなぎっていて、ある意味どこにもスキがない。
どこの展覧会でも感じる「抜いた」感じがない。
これはすごいこと。
正直、僕が絵を描き続けられなかった理由はそこにある。
いや、それはそれなんだけど、
そして、「抜く」ことも大事ではあるのだけども、
とにかくこんなに密度の濃い展覧会は久しぶりに観た気がして、
気分が満杯になってしまった。
ああ、すごかった。
コペンは今、あちこち工事しまくってて、
正直、観光客なら「別のときに来れば良かった」となるレベルだと思う。
しかも、こっちの工事と来たら、かなりのんびりしてて、
たぶん日本で同じ工事をするなら何分の一かの期間で済むんじゃないか?
それくらい、先が見えないもののような気がする。
実際に少し前に来たときに、ほとんどが穴になってた広場は、
今日の時点では見た目に何も変わっていなかった。
だから、自分ちの近くで工事が始まると、
うわぁ、いつまでやるんだろ、と思う。
デンマークと日本じゃ、時間の流れ方が違うのだよ。
|
| 2011.5.20 |
最近困るなと思うのが、とにかく日の落ちるのが遅いこと。
夜の9時くらいならまだ明るいからね。
あ、暗くなったな、と気が付いてみたらすでに11時だったり。
だから、時間の感覚がおかしくなるし、
家族も必要以上にやることが遅くなって寝るのも遅い。
朝は同じ時間から動き出さないといけないのによ。
僕のように根っからの夜型はなにか損したような気さえする。
動物も植物もこれでよくやってるもんだ。
植物と言えば、庭の芝生をときどき刈らなきゃいけない。
先日やったときは、力尽きて裏の斜面の部分を残してしまった。
今日見たら、えらい延びてるし、
雑草の王タンポポは異常繁殖して綿毛を恐ろしいほど蓄えていた。
はっきり言ってこっちでタンポポは嫌われ者だ。
こんなののタネを近所にまき散らすわけにいかないので、
とりあえず綿毛だけでも摘み取ることにした。
芝刈りは明日やろうかと思ってたけど、時間的にどうなることか。
そうでなくてもひたすら余裕のない状況。
気が付いてみたら、いつも人のことばかりで忙しく、
自分のことなんかなんにもやってない。
ちょっとここで気張らないとまずいかもだ。
|
| 2011.5.18 |
えー、ある人にお褒めの言葉をいただいたので、
自分で過去の日記を読んでみると、
自分で自分に癒されてしまい、ちょっと驚いた。
前回の日記の内容がこれまたヘビーで、
そのまま止まったままなので、
早めに再開して空気を換えたいが、
今ちょっと時間ないのでこれにて。
See you soon!
|
| 2011.4.5 |
留守の間の教室をお願いしているRちゃんとSkypeで話した。
まあ無理ばっかり押し付けてしまって申し訳ないのだが、
なんとかやってもらっている。
いろいろ問題がないではないが、
それにしても子供達の話をするのがこんなに楽しいとは、
自分でもちょっと以外に思う部分が。
仕事としては大変だが、なにか高揚するものを感じる。
これがあるからやるのだとも感じるね。
自分の中庸をキープするために、
あえていろんな意見の人をフォローしたままにしていたが、
反原発「派」のこの機に乗じたツイートの「言霊」にやられて、
頭痛がしそうなので、何人もリムーブした。
一方的にまくしたてて、誰かを悪者にしたてたり、
ひどいのになると、原発推進派と思われる人をリストアップして、
吊るし上げようとするなど、仮面ライダーか戦隊ものの観過ぎだな。
今この時に声を大きくすることで、
自分が正義の味方だと思い込んでいるようだが、全く冷静さを欠いており、
実際には、五感を閉じ、自分寄りの情報にしか聞く耳を持たず、
そして何より思考が完全に停止してしまっている。
ここにいながら僕には、日本がすでに死んでいるように見える。
少なくとも日本人のど真ん中に大きな断層を発見した。
冷静な人たちもたくさんいるが、その多くは、
勝手に「原発推進派」と決めつけられて罵られている。
問題はそんなところにないはず。
僕の印象では、利害の関わりのない人の中には、
原発を推進すべきという意見はあまりないように見える。
それなら今後は自然となくす方向にいくのかなと長い目で見てそう思う。
でも、現状ここまで来ると、これは原発の問題じゃなくて、
日本人のあるべき姿や生き方を問う問題に、
すでに焦点がシフトして来ているようだ。
あと半年の間に、日本が帰りたくない場所にならないことを願ってる。
|
| 2011.4.3 |
たとえばだけど、
Kが2才の時、二つ目の保育所に通い始めて数日目。
迎えに行ってみると、先生が「おなかを壊しちゃったみたいで…」と。
担任はKを着替えさせ、もうひとりは服を洗ってくれていた。
小さなKは、僕の顔を見るなり駆け寄って泣き出した。
まだ慣れない場所にあって、泣くことすら我慢していた彼の、
このときの様子が、記憶から薄れたことがない。
こういう小さな記憶などというものは、誰にでもあるはずで、
ひとはそれを積み重ねながら育ち、歳を取る。
と言うより、人それ自体が記憶の集積みたいなものかも知れない。
何が言いたいかと言うと、
そういった記憶、そういった人や、そういった場所。
そんなものを一度にざーーっと流して、
全てないものにしてしまうというそんなものが、
この世には存在するのだな、と、
今更ながらあらためて認識して、
でも、それがどういうことなのか未だ理解出来ずにいる。
ただ、変化はいかに悲劇的に見えても、
そこを乗り切った人にはチャンスでもある。
変化が大きいほど、大きいチャンスでもある。
そういうモノの考え方しか出来ないんだけれども。
|
| 2011.3.31 |
で、読み返してみると、
パリもデンマークもロクでもないという感じになってる。
それくらいギャップに驚いたということだな。
とにかくパリは引き締まった緊張感の中に刺激がいっぱいで、
食べ物はおいしいし、建物は古き良きものを引き継いでて趣あるし、
人は思いの外、愛想もよく、
僕としてはあんなに動き回ったのに時間が足りなくて、
行けるものならあらためてゆっくり行きたい。
少なくとも、美術館だけでもね。
デンマークは相変わらず。
変わるわけないけどね。
ここにはもう慣れたけど、やはり美味しいものはないな。
パリから帰るとそれが際立つ。
でも、ここの人の優しさ、気遣いはパリにはない。
良いとこだけつまんで帰りたいもんだ。
何か僕が役に立てることがないかと考えながら、
とりあえず自分のことで精一杯。
甘いね。
|
| 2011.3.30 |
帰宅。
もちろん日本ではなくデンマークの自宅。
パリはすこぶる刺激とストレスに満ちていた。
街の人たちの顔つきは、デンマークの人たちと全く違い、
ぴりぴりした緊張感にこわばっており、
毎日をこの街ですごす強さが必要にさえ思われた。
日本人観光客をずいぶんたくさん見かけたが、
そういったことに気づいているのかはわからない。
僕はデンマークからパリへ行ったので、
そのギャップにかなり驚いたという背景があるから。
デンマーク人の多くはほんとうにゆったり暮らしている。
余裕があるから人に優しくて笑顔が絶えないが、
そのせいか肥満が異常なほどに蔓延している。
パリの人たちにはそんな余裕が感じられない。
だが、それが人を磨くと言えばそうかもしれないし、
デンマークのように暮らしていると、
人がダメになるという向きもあるかも。
それくらいのとてつもないギャップ。
振り返ってみると日本はどっちつかずだ。
さてどこへ行くのか。
地震が津波を呼び、原発が壊れた。
本当に恐ろしいし、近くに住んでいた人たちは、
えらい目に会っているようだが、遠く離れていると、
如実には感じられず、それが楽なような辛いような。
原発については、ないに越したことはないと思う。
少なくともこれほど地震の多い日本にはそぐわないのかも知れない。
ただ、僕には本当のところよくわからない。
今回わかったことは、結局誰も、原発についても、
放射能についてもちゃんとわかっていないということだった。
賛成派の言葉にはどうもオープンなイメージがないし、
反対派の言葉には根拠が見えない部分が多い。
専門家と称する人たちの話がそれぞれ異なっているのはなぜか。
そんな状態で、反対と言われても賛成と言われても、
同意する理由が見えない。
それとものすごくイヤなのは、反対派の人たちの、
例えば、安全なら都心に作れ、というような物言い。
真剣に考えてる人の言うこととは思えない。
とにかく冷静さを欠いてはまともな結論など導けない。
そのためには情報が必要だね。
ただ、人の嫌がることはするな、というのは人としてまずある。
基本だろ。
バルビネのライブCDの在庫が数十枚かあるいは百数十枚。
今後これの売上を全額震災義捐金として送ることにした。
大した額にはならんけどね。
ふさわしい送り先を検討中。
ご協力請う。
|
| 2011.3.28 |
昨日。
ポンピドーセンター前の広場では、
大道芸人などがそれぞれ得意なことをアピールしているが、
その中にひときわ地味に異彩を放つ二人。
どうみてもどこかのとてつもない田舎から出て来た老夫婦。
商品として流通したのか自作なのか、
それすら微妙な同じ弦楽器をひとつずつ、
ぺたりと座って伸ばした足の上に立て、
ただひたすら弾き続けるが、あきらかにアドリブで展開がない。
老女は短い同じパターンをひたすら繰り返し、
老父はそこに少し変化はあるが、
同じフレーズの順列組み合わせをやはり繰り返してかぶせる。
本当に素晴らしいものとの出会いは、
必ず予想外のタイミングで訪れる。
二度とは出会うことがないと思えるこの音楽を、
あわててiPhoneで録音を始めると、
すぐそばでやはり携帯用の録音機器で録る女性に気づいた。
わかる人にはわかる。
僕が本当に求めている音楽というのはこういうものであって、
決して商業になるようなものじゃない。
それにここで出会ったこと。
それが本当に存在したことは、僕には大きい。
今後生きていくための糧というのは、
こういうもののことなのだな。
センターのギャラリーには、多くのピカソ作品が。
ピカソは多作なので、あちこちで出会うことは多いが、
ハズレがないのが特徴というか、
とにかくあれ程の大天才ならではのものを、
いつも見せてくれるので、こちらも得るものが多い。
マチスの作品に、はぁ、これってこんな色だったのか、
などと感じながら、次へ次へと行くと、
敬愛するボナールの作品が4点だけあった。
絵というのは、言葉などで説明が出来ないものを
表現するために描くのだが、
ボナールの作品はまさにその王道。
自らの作品を説明しようと躍起になっている人たちに観て欲しい。
芸術の本質のひとつがここにある。
今日はモンマルトルで面白い人に出会った。
芸術は現実の人の生活とどう関わっていくのか。
そんな問題提起を受けた感じ。
いろいろ刺激はある。
|
| 2011.3.26 |
ルーブル美術館へはじめて行ったが、
これは人類の宝物庫だと思ったよ。
いや、全部観たわけじゃないけど。
ちゅうか、はっきり言って、全部なんて観られない。
ざーーーーーっと飛ばしながらごく一部を観ただけだ。
本気でじっくり観るなら1ヶ月は欲しい。
芸術というのは多くの場合、技術を伴うけど、
その本質はそこにはなくて、結局は意識のようなものだと思ってる。
そんな高度な意識の結晶がひとところに集められていると考えると、
時空が渦を巻いてなにもかも吸い込んでしまいそうな、
へんな妄想にかられる。
ルーブルがあるからパリに住む、というのもありかと。
というより、そんな人が実際にいるんじゃないのか?
そんな僕のパリです。
|
| 2011.3.24 |
パリ滞在二日目。
思ったことがうまく書けないので今日はやめ。
興味深いこと多々あり。
|
| 2011.3.21 |
震災を機に、かなりご無沙汰な友人たちとコンタクトしたりなど、
少し動きがあってそれはそれで面白い。
身近でこんなことが起きて、
でも生きている僕らにはそれを糧に生きていくことが課せられている。
それが定めだと受け止める。
人が死ぬことそれ自体は悲しいこととは思っていない。
ただ、その人の過去や死に際の「もっと生きるはずだった」という
あったはずだと思えることを想像して胸が苦しくなる。
でもその人はそれがどんな形だったとしても、
今生を全うしたということには変わりはない。
あまり悲しんでばかりいると、その人はかえって成仏出来ない、とか、
今生に妙に思いを残してしまうんじゃないかと、そんなことを考える。
悲しむよりは、おつかれさま、とねぎらって、
送り出してやるのが理想じゃないか。
そんなことをいつも思うのだけれど、
もちろん僕も人間だから、全ての感情をコントロール出来るわけはなくて、
亡くなる人との関係などによっては冷静でいられなくなる、
ということを自分でもわかってはいる。
ただ、でも、亡くなった人を思うなら、やはり、
悲しいなどという主観よりはもっと大事にすべきものがあるのかなと。
まとまらんな…。
明後日からフランスです。
|
| 2011.3.14 |
地震の発生を受けて、日本人たちの自問自答が始まった。
やるべきことは何か、というのもあるが、
どう振る舞うべきか、どうしていれば後ろ指さされないか、
というのも感じられてなんとももどかしい。
「不謹慎」という言葉も飛び交う。
これが「規律」と重要として来た人たちの姿。
短所でもあり長所でもある。 事態はかなり深刻ではあるが、情報の中には朗報も含まれる。
天が今、日本にこの機会を与えてくれたのだと理解しよう。
暗い雲を突き抜けて出た時には、
未知の明るい世界が眼前に広がっているのだと想像しよう。
Twitterは情報の宝庫だ。
Twitterを持つか否かによる情報格差が激しくなって来ている。
時間を追うごとにそれがさらに大きくなる。
このような災害時には、それが生命線になることすらあるはず。
ただそれが、使ったことのない人には全く理解出来ない。
説明で伝わるような話でもない。
この期にある被災した人に勧めると、
ネットにはいたずらやウソやチェーンメールなどが氾濫してるし、
自治体のHPならもちろん見てます、と言われた。
この認識の落差はTwitterユーザーにしかわからない。
でも僕はそこでそれ以上に押す言葉を持たなかった。
その人がそれで満足ならそれでいいのかも、とも思う。
だいたい、人に言われて気が乗らないままやっても、
得られるものは限られるということもわかってる。
でもTwitterユーザーの間には当然、この地震を機に、
家族や友人に勧めなきゃ、という意見が出て来ている。
その人を思うならそれが自然だ。
僕は心底Twitterを勧めます。
|
| 2011.3.12 |
昨日、朝起きたらちょうど東北で大地震が起きたところだった。
今日までにいろんなものを見た。
崩れた本棚、割れた道路、倒れた電信柱、燃える街、
押し寄せる波、流される車と住宅、吹き飛ぶ原発、
立ち尽くす人、泣く人、それでも命があればと言うひと。
希望を持って仙台に引っ越したその日に被災して絶望し、
「しにたくない」と最後のツイートを残した人の存在は、
かなりショッキングだった。
妙な興奮でいると、Tの幼稚園の先生が、
あそこはあなたの街からは近いのか?
ファミリーは大丈夫なのか?と心配して訊いてくれた。
この災害のニュースを、デンマークでも知らない人はいない。
それほど大きく報道されているし、感心をもたれている。
胸が苦しくなるような思いを何度もした。
僕はデンマークへ来て日本人が非常に尊敬されていることを知った。
日本人はデンマークのことなんか何も知らないけど、
デンマークの人たちは日本をとても興味をもって見ている。
尊敬を持って日本の車に乗り、日本のカメラで撮影してる。
日本はもっと自信を持たなきゃいけないな。
僕は日本を離れてから、
自分が思っていた以上に日本人であることを誇るべきなのだと、
ほんとに確信した。
日本は試されている。
そして僕自身も試されていると感じる。
多くの国が日本への支援を表明してすでに動き出しているが、
そのことが妙にうれしくてほっとする僕です。
地震の発生を受けて、あらためてやっぱり、
Twitterをやってて本当に良かったと思ってる。
いやそれより、Twitterというものがあって本当に良かった。
そのおかげで助かった人、助かる人がどれほどいるだろうか。
人類はTwitterによって歩みを早めているのかも。
身近な人たちにもっと勧めるのが正解なんだろけど。
|
| 2011.3.10 |
弟が来週来るというのでその準備。
とりあえずウチの車じゃ移動出来ないので、
レンタカーをネットで予約した。
今日電話が。
誰だかわかんない番号なので「Hej」と出ると、
デンマーク語らしき言葉で早口にまくしたてられて、
とりあえずお決まりの「Sorry」と。
英語でしかもゆっくり話して欲しいと言うと、
なーんだ、わかったわかった。
車の予約オーケーだと言う連絡だった。
面と向かえば何とでもなると思えるが、
電話だと言葉のみなのでなかなか緊張感がある。
だって本当にわからないままになってしまったら、
そのあとどうしたら良いのかわからない。
重要な電話だったら困るもの。
こうやってちょっとずつ、おっきくなっていくんだね。
話が終わってこちらが「Tak」と言うと、
向こうも緊張がほぐれた感じで「Tak」と答えた。
打ち解けた気がしてちょっと嬉しかったな。
Hej は Hello、
Tak は Thank you の意。
|
| 2011.3.9 |
洗車するつもりだったのに、雨が降ったらきれいになった。
洗車延期!
|
| 2011.3.8 |
日の出から日没までがずいぶん長くなって、
気温も高くなっているのか、
今日などは上着の前をはだけていても寒さを感じなかった。
ただ今後また急に冷え込んだり、雪が降ったりという、
可能性がないではないし、なにがあってもとは思ってる。
気が付くとウチの車は恐ろしいほどに汚れている。
自分でもちょっと引くくらい。
日本じゃこれほど汚い車を見たことない。
が、デンマークにはたくさん走ってる。
だって、いくら洗ってもすぐに汚れることがわかってるから、
誰も洗おうなんて思わないでしょ。
そんな天候がずっと続いてたのだ。
でもそんな中でもなぜかウチの車は汚い。
ひどい。
とりあえずひどい汚れだけでも落とそうと思って、
ブラシだけ買って来たけど、
はあ、こんなことしてる場合じゃないんだけどな。
|
| 2011.3.5 |
3月になって、ずいぶん明るい時間が長くなった。
融けきらない雪がまだウチの庭にもあるけど、
なんだか雰囲気的にはもう「雪は終わったよ」って感じだ。
そう思うとなんだか名残惜しい。
Kと雪かきをしたのが妙に懐かしまれるというのは、
今の時点ではなんだかおかしい気がするが、
でもあれからずいぶん時間が経ってしまったようで。
結局それくらい雪かきという経験が、
それもKと一緒にやったというより、
家族を阻むものに一緒に立ち向かったとでもいえる体験に、
非常に印象深いものを感じてる。
それはどんな珍しいものを観たり、
立派な人に出会ったりするよりも、
はるかに貴重だと言える経験だった。
Kにはわからんだろうけど。
日本では3才の女の子が殺されたことで、
その両親の不注意を責める動きが一部にあるというけど、
僕のこの雪かきについての思いを理解できる人ならわかるし、
そうでない人なら、何を言い出しても不思議でない。
それくらい人間には明らかなギャップが存在する。
わからない人にはわからないというのが現実なんだな。
残酷だけど。
ある意味、殺人犯より残酷だし、センスに欠ける。
日本人は優しさも感受性も失ったか。
ジョージ・ハリスンの息子のダーニのグループが、
デビューアルバムをリリースした。
Fistful of Mercy。
このユニット名と同名曲の「Fistful of Mercy」がいい。
聴くべし。
|
| 2011.3.4 |
今日はTの幼稚園で行事があった。
園児も先生もみんな仮装してる。
スパイダーマンが何人もいて、
ブロンドの美形の女の子たちは、
白いドレスが恐ろしいほど似合ってて二度見したわ。
Tはシンデレラのドレスを着たよ。
ま、本人が気に入ってるから良いんだけど、
もうちょっと似合う格好があったかな。
天井から、お菓子の入った小ぶりの樽をつるして、
それを細いバットのような棒で順番に思いっきり叩く。
というか、殴る。
ものすごい音がして、Tは怖がって出来なくなっちゃった。
ずいぶん時間がかかって樽が割れて、
お菓子が落ち始めたけど、まだやめない。
結局完璧に樽がバラバラになって、
ぶら下がってるのがヒモだけになるまでつづいた。
先生がゴーサインを出すと、子供達がちらばったお菓子に群がる。
木の破片とかも散らばってるよ。
その後、こんどはパン食い競走みたいに、
ひもでパンを吊るしてそれを手を使わずに食べるという。
日本のパン食い競走は引きちぎったら終わりだけど、
ここではしっかりひもでしばってあるし、パンも堅いから、
ちょっとやそっとで食べられない。
下に落ちても手を使わずに這いつくばって食べ続ける。
なんか、デンマーク人に妙な執念深さを感じたよ。
いや、観せてもらえてよかった。
知ると知らないとじゃ世界観が変わっちゃう。
子供の行事にわずかながら恐怖した。
はは。
|
| 2011.3.2 |
ここにいて日常を構築するという毎日。
自然とデンマークと日本について考えるでもなく意識する、
というより、勝手にいろんな情報が耳に入って来る。
Twitterをやってると、もう新聞もTVもいらない気がして来るよ。 今の時点、僕が考えるのは、
やはりデンマークの「世界一幸福な国」というのは、
観光ポスターのキャッチフレーズみたいなもので、
当たり前だが鵜呑みにしちゃいけない。
「めんそーれ沖縄」
「おいでませ山口へ」みたいなもんでしょ。
古いか。
はは。
僕が思うのは、人はどこへ行くのか、ということだよ。
|
| 2011.2.28 |
大道珠貴の短編を一日一本ずつ読む、
というつつましい読書生活。
もう少し速く読めれば、
ずいぶんと世界が違って来るだろうに。
結局デンマークへ来ても本はたまる一方。
毎日2〜3冊ポンポンポンと読み捨てられたら、
どんなに気持ちよかんべ。
修行中。
|
| 2011.2.27 |
今日は一歩も外へ出ず。
こんな日もあっていい。
午後からは、大阪でバルビネのライブがあったので、
Twitterを使って、リアルタイムにお客さんたちと交信。
こういう使い方が出来ると楽しいよ。
僕自身がTwitterの面白い使い方を新たに発見した感じ。
ツイートしてくれる人がもっと増えると、
離れていても、リアルに風景を思い浮かべられて、
一緒にライブを楽しんでる気分にもなれるだろな。
サッカーの国際試合中のツイートなんてすごいもん。
TV観てなくても観てる気になる。
というか、それって明らかに参加してるってことじゃない?
定着すれば、バンドの姿勢ももっと前のめりになっていく気がするな。
みんなありがとう。
次のライブは「3月13日(日)城東区民ホール」だよ、
と呼びかけておこう。
しかしお昼すぎの開演だし、デンマークは早朝。
ま、がんばるわ。
腰はまた少し改善。
|
| 2011.2.26 |
普段あまり寝ないので、少し余計に寝ると体調が違う。
起きてすぐに腰が痛いので気をつけなきゃと思うが、
多めに寝て起きると腰が痛いのは最近よくある。
寝床に問題があるかとずいぶんいろいろやってみたけど、
改善したことない。
なんとかスリーパーとかいうマットでも買わなきゃ。
しかし昨日(いや一昨日だったか)
昼から出かけて車を運転しているうちに、
どんどん悪化して、ぎっくり腰に近い状態になって来た。
いやあ、困ったもんです。
もう何度もやってるから対処法もある程度わかるけど、
面倒なことこの上ない。
とにかくこれ以上悪くならないようにつとめると。
少し改善。
|
| 2011.2.25 |
今日はいろいろ作業しながら、
ジョージのサイトで「The Concert for George」を観て、
アヌーシュカ・シャンカールにKOされた。
完全無欠だわ。
では、ジョージの元祖?誕生日ということで、
数年前にライブに来たお客さんに宛てて書いた、
ジョージに関するメモを以下に引用してみます。
彼女はジョージのファンだと言うことで、
僕にジョージの話をして欲しいと言って帰られた。
僕は後日、その当時の思うところを書いてメールした。
原文そのまま、どぞ。
===
ジョージの話をということですが、
僕は正直、ジョージの大ファンとまではいきません。
でも、他の人達よりはたぶん知ってるし好きなんだと思います。
ビートルズ解散後の曲を一番チェックしているのも、
やっぱりジョージですし。
僕の好きな曲は、ビートルズ時代なら、
You Like Me Too Much
If I Needed Someone
The Inner Light
Blue Jay Way
今思いつくのはこんなとこです。
その時によって変わりますから。
でも、ジョージはメジャーな曲よりマイナーなものの方が、
よりジョージ色が強くて楽しめます。
それでも Something の素晴らしさは突出していますが。
While My Guitar Gentry Weeps は、
あまり好きじゃないです。疲れます。はは。
解散後では、
Run Of The Mill
(なぜか時々頭中で鳴り続けて数十年)
Dark Sweet Lady
(最も好きな曲のひとつ)
Far East Man
(ロンウッドとの共作ですが名曲)
Someplace Else
(断片的に観た映画「上海サプライズ」の
エンディングで好きになりました)
Crackerbox Palace
(最も好きな曲その2)
Learning How To Love You
(当時このギターソロを一人で練習したもんです)
Love Comes To Everyone
(ある意味ジョージのテーマです)
The Rising Sun
(Brainwashed の中で最も印象的だった曲)
Horse To The Water
(演奏を他の人に任せるとこんなに垢抜ける?という好例)
カバー曲にも良いのがあって、
True Love
(これは最高傑作と断言します)
I Really Love You
(こんなおふざけもあり)
こんなところでしょうか。
ジョージの曲は基本的に未完成感?にあふれています。
というか「出来すぎていない」
これは良い意味で。
ポールの曲なんかは出来すぎてて気味が悪い時がある。
そして本気かユーモアかわかんないですが、
曲が「垢抜けすぎないように」神経を使っているという、
面白いところもあり、これが良く出たり悪く出たり。
「Brainwashed」を仕上げたジェフリンも、
「ジョージごめん、君の好みより少しスマートすぎたよ」
などとコメントしているように、
ジョージは、ウォールオブサウンドと称された
フィルスペクターの音楽をある部分踏襲していて、
文字どおり音を上から上から重ねていって、
音の壁を作るというやり方です。
ビーチボーイズのブライアンウイルソンも、
スペクター・フォロワーで有名ですが、
ブライアンの方が少しだけ垢抜けてますね。
でも、やっぱり垢抜けすぎないのが魅力です。
ただ僕個人的にはスペクターは好きでもなんでもないんですが。
ご存知かと思いますが、ビートルズのアルバム「Let It Be」は、
フィルスペクターの作品です。
「The Long And Winding Road」が(特にポールに)不評ですが、
あれは僕もきらいでした。
映画「Let It Be」で同曲を聴いて、
一番嫌いだった曲が一番?好きになっちゃったんですけどね。
===
以上。
|
| 2011.2.24 |
動かすべきことを少し動かしてみたが、
とにかくしんどくて動けないので寝る。
|
| 2011.2.23 |
早朝気づいた積雪は量的には大したこともなく、
また、出先の島の南部では降雪のかげもなく苦労もなく。
しかし往路での渋滞は少し疲れた。
あんまり寝てなかったしね。
こういうときはオートマ車がだんぜん有利なはず。
クラッチ踏むのを誰かに替わってもらいたい。
書きたいことがいっぱいあるが、
ありすぎるとどうにもならないものだ。
非常に楽しんでいるし、でもストレスもあるし、
やるべきことは進まないが、自分なりに進歩もある。
そうだ。
僕ほど本が好きな人間も多くはないと思うが、
そのわりに、ではなく、絶対的に読書量は少ない。
この問題にアプローチしながら少しわかったこともある。
改善出来るはず。
問題意識だけは人一倍。
|
| 2011.2.22 |
来月、弟が家族を連れて遊びに来ると言ってる。
こういうのは歓迎する。
ウチに泊ってくれるのも良い。
デンマークへ来てもう5ヶ月近くなって来て、
そうするとちょっと行動パターンが出来てしまい、
最初の頃ほど新鮮な感じはやはりない。
これはどこであっても当然のことだが、
そこへ別の人間が入って来ると少し風向きが変わり、
新鮮なイレギュラーと、新しい計算が始まり、
また全体がうねりを持ち出す。
帰ってからもその余韻は残り、
あせたパターンに別の色が少し加わっていることだろう。
まだまだ楽しいことはいくらでもある。
ただ、自分を動かさなきゃダメなんだな。
|
| 2011.2.20 |
先日は煙突掃除に人が来るとわかっていながら、
うっかり忘れてストーブを焚いてしまい、
結局掃除が出来ずに日を改めることになった。
申し訳ないと言えばそうかも知れんが、
しかし、向こうも、前日に郵便受けに紙を放り込んだだけで、
朝からいきなり来るちゅうのはどないかならんかと。
と言ったところで、どうなるわけでもあるまい。
というか、ここは所詮地球の裏側であって、
全くその意味を慮ることすら不可能な言葉を話す人たちの国。
毎日毎日、こちらの想像をはるかに超えたことが、
平然と行われているということを、
はっきり言っておいた方が良いかな。
ホント、根っこが違います。
だから面白いし、お互い思いやることも出来るのだがね。
いや、それにしても、
いつのまに一日過ぎてたんだろ。
|
| 2011.2.18 |
熱がぶり返したTも落ち着いたので、日本人の知人と会った。
彼女は通訳も出来る語学力を持つ。
デンマークへ来て思うのは、やはり言葉の違い。
言語というのはそこの人たちのアイデンティティであり、
プライドであるという話を以前書いたような気がするが、
書いてないかも知れん、忘れた。
とにかく、そこの言葉を習得するということは、
その懐に飛び込もうとすることで、この人のように、
長く住もうとするには必要不可欠と思える。
英語でも一応話は出来るが、
それは壁を壊そうという意志のなさを露呈することにもなるわけで、
例えば日本に住んでいる外国人が、
いつまでたっても日本語を話そうとしないというのは、
やはり少し違和感があるし、逆に積極的に話そうとするなら、
自然と好意を持てるというものかも知れない。
実は先日スウェーデンへ行った時に、
家族が持っているケータイが全て全く使えなくなった。
これは明らかに根本的な原因があると思うので、
なんとかしないと外国へ気軽にいけなくなる。
それがわかっただけでもマルメ行きは非常に意義があったのだが、
そのことを彼女に話すと、電話屋と話をしてくれるというので、
願ってもないとお願いした。
彼女と会っていた場所が、たまたま巨大なショッピングモールだったので、
利用中のキャリアの店もそこにあってラッキー。
結局今のままでは使えないということがわかって、
新しいSIMカードを手に入れたが、はっきり言ってこんな話、
日本語が通じたとしてもかなり面倒。
粘り強く何度も話をしてもらい、ややこしいシステムを説明してもらった。
なんだかものすごく世話になってしまった気がするが、
そうしなければどうにもならなかったとも言える。
言語というのは、意思を伝える道具だけど、
ただの道具だと軽く考えてはいけない部分がある。
|
| 2011.2.17 |
もしかして昨日また書き損なったか。
ま、あんまりこだわらないことにする。
ホントはどうだっていいのだ。
ただちょっと気持ち悪いだけ。
昨日はスウェーデンのマルメという街へ行った。
渡欧後、一番の遠出、といっても片道7〜80キロほどで、
時間にすると1時間半かかるかどうか。
トンネルくぐって橋渡ったら隣国。
国境を越えるって言うのに、チェックも何もないって不思議。
橋を渡りきったところですぐ、
ああ、ここはデンマークじゃないってわかった。
なんだか風景全体が茶色くて地味。
これは土と木の色なのだが、
デンマークではどこへ行ってももっとカラフルだった。
でも街中はスウェーデンの方が派手。
あくまで僕の印象でしかないが。
マルメに到着してから、
スウェーデン語についてなにも用意がないことに気づく。
このゆるみ具合には自分でも笑った。
車をとりあえず停めてみたが、駐車スペースの利用法が不明。
だって全部スウェーデン語なんだもん。
なにか手がかりがないかと少し歩いたら日本語看板の店発見。
ホント、こんなの偶然じゃないよ。
日本人がいることを期待というより確信して入ると、
思った通りで、いろいろ教えてもらえて助かった。
WiFiの使えるところを探しながら歩いたがなかなか見つからず。
とりあえずMやKが知ってるというハンバーガー屋を見つけ、
入って一服することにしたが、ここにフリーWiFiあり。
これ偶然かね、ホントに?
思惑どおりスウェーデン語⇔英語辞書をダウンロードして目出度し。
これである程度はしのげるはず。
店を出て数十メートルのところで立ち止まっていたら、
後ろから「ヘイ!」とすごい勢いで呼び止められた。
振り向いたらさっきの店のおばさんで、
「Your telephone!」とiPhoneを渡された。
あ、そいえば椅子に置いたまま……と気づいて、
礼を言った時にはもう彼女の背中しか見えなかった。
ここへ来てiPhoneに2度目の受難を加えるところだった。
それにしてもよく戻って来たものだと皆が言うので、
ああ、そんなものかと思いながら、
でもややこしいことにならずにすんで助かったなと。
マルメのことを何も書いてないか。
きれいな街です。
僕個人的にはデンマークの街より馴染める気がする。
古くてセンスのいいものがいっぱい残ってる楽しそうな街。
デンマークもそうだけど、これが僕の印象。
また行くと思う。
|
| 2011.2.14 |
昨日も日記を更新したつもりでいたが、
今日になってみたら一昨日のままだった。
もうそれすらわからなくなって来たぞ。
Tの熱が下がったら、
今日から学校が休みのKが微熱と頭痛でサッカーを休んだ。
それにしても寝通しだ。
いいのか?
気合い入れなおすべし。
自戒も込めて。
先日、僕が最も好きなアメリカTVドラマ「Soap」のDVDを発見。
3枚組\1,500は即購入だったが、
英語の字幕を表示しながら時々辞書も持ち出して、
第3話くらいまでぼちぼち観た。
アメリカ人すごいセンスだ。
ホントに感激。
ビル・コスビー・ショーもDVDにならんかな。
|
| 2011.2.12 |
Kが、AmazonでiPod Touchのケースを注文したいと言っていたので、
じゃ、あとで、と言ったまま寝てしまっていた。
起きてみたら家族全員すでに就寝後でひとり。
こういうことはままある。
今朝はずいぶん寝たような気がしていたが、
そうでもなかったようだ。
どうも僕の時間の使い方には大きな問題がある。
結局そういうところであって、
芸術云々とかそんなレベルの話じゃないんだな。
|
| 2011.2.11 |
母校、京都市立芸術大学の京都市美術館での年に一度の制作展が、
ある若者にTwitter上で酷評、というより罵倒され、
京芸の学生たちには動揺が広がっているようだ。
そもそも芸術は、割り切れないことを表現するためにあるのであって、
正否を論じるようなものにもなり得ない。
ただそれは一般化しないという意味であって、
芸術に関わる各々の中にはある程度の確固たるものがなければ、
芸術を行為するのはむずかしい。
結局今回はそこを突かれたわけ。
その発言をした彼は、自分の価値観を押し付けたのであって、
これは本来筋違いだし視野の狭さを露呈しただけ。
売名の意図はどうかわかんないけど、
しかしそれは彼ひとりの問題。
今回の問題は言われた側の学生たちの反応であって、
もし動揺していたとしたら、それは自信のないことを表している。
あれっ、と気づかされたのだね。
その気づきが今後に活かされることを希望。
ただ、大事なことがある。
彼らはまだ学生だということ。
変に背伸びするのでなく、学生である特権を利用して、
学生でなければ出来ないことをするのが、
学生を経験する意義だし、
それが将来、学生を経験していない人との差を生むのではないか。
プロのアーチストのマネごとをしたり、
起業したりはいつでも出来る。
誰からどんな風に言われようが、
今はこれをやるときだ、という信念があれば、
何もうろたえることなどない。
意見はいろいろあって当然。
でもそんなこと関係ないよ。
今日は真面目っ!
|
| 2011.2.10 |
シャワールームの排水が悪くてずっと気になってた。
以前なんどもバケツで湯を注ぎ込んだりもしたがほとんど改善せず。
今日は漂白剤(らしきもの)の粉末をパイプマンよろしく
まわりに播いて、熱湯で流してみたが、
やっぱり流れが変わるようすもなし。
あ、と以前蓋を開けた時に日本の排水溝と同様に、
釣り鐘型のカップをかぶせてあったのを思い出す。
それを手で引き上げようとしたが滑って無理だったのだ。
これを今日はラジオペンチでひっぱりあげると、
おぞましいほどの量の髪の毛がひっかかってた。
全部取り除いて完了。
粉ふってどうとか、そんなレベルじゃなかった。
でもスッキリ。
|
| 2011.2.9 |
iPhoneが復活したと思ったら、
今度は充電用のACアダプタが壊れたらしい。
コンセントから直接充電出来なくて面倒。
ま、昔からこういうことは続くことになっているので、
バイオリズムみたいなものとして受け止める。
不便だが。
庭の植物群が新しい芽を吹き始めている。
新しい季節への準備がもう始まっているのだ。
|
| 2011.2.8 |
地元の美術作家たちの集合アトリエにお邪魔した。
ペインティングに陶器に織物に、
葦のような植物と和紙を使った彫刻など。
好きでやってる人たちは皆楽しそう。
そりゃいろいろあるはずだけど楽しいに決まってる。
陶器の作家はクリスマスマーケットで、
Kの隣で店を開いていた人だった。
ここのアトリエは安い家賃で広いスペース。
日本人ならみんなうらやましがるだろな。
とてつもないでかいものも作ってたよ。
Mariという若い女の子がいたがロシア人だそうだ。
マリアとかマリエとかメアリじゃなくてマリ。
マリちゃんなら日本にもいっぱいいる。
妙な感じ。
促されて座り、最初に出た飲み物はジンだった。
すごく好きなので嬉しい。
なんだか密度の濃い時間を過ごせた気がする。
好きなものを作って過ごす人生。
美しき人生。
|
| 2011.2.7 |
現在、この日記ページのブログ化?を検討中。
というか、実験中。
ずっと自分のやり方でhtmlページを自作してたけど、
はっきり言ってPC用とケータイ用を両方作るのは面倒。
でも多少といえど、需要があるのはわかってるので、
これをブログの良いとこ取りで、改善出来ないかと。
ただ、ブログのシステム自体は好きじゃないので、
(だからブログにしなかったわけだが)
今の形態をなるべく変えずに継承して、
コメントとか、リンクとか、そういうのもなしで、
とにかくPCでもケータイでもスマートフォンでも、
それこそスマートに読めて、更新は楽にと。
ま、研究中、思案中。
むずかしいよ。
僕にはね。
|
| 2011.2.6 |
iPhoneが死の淵から生還した。
一度は完全にザボッと水に沈んだはずの精密機械が、
ただ乾燥するだけで3日目に復活。
あ、キリストの復活も3日目だったけか。
忘れたな。
現時点ではおかしなところひとつもなく快調。
ほんと何事も経験、希望的観測は希望の実現を呼ぶのだ。
何だか久しぶりに電源を入れた気がするが、
全く充電は減っていなかった。
使ってないんだもんね。
これからもよろしくお願いしますよ。
TaastrupのIKEA。
T用の食卓椅子を探しにいった。
帰りは雨が降り出していたので、車を店の出口まで運んでバックしたとき、
左足のふくらはぎがキョーレツにつった。
こむら返りというやつか。
軽いのは水泳部時代に何度かやってるが、これはかなりきつくて、
結局少し休むことにしてIKEAの向かいのマクドナルドへ。
おかげで要らない出費と時間をつぶしてしまった。
帰って椅子を組み立ててみると、
テーブルのサイズを測り忘れていたのでやはりサイズが大きすぎ。
しかしこれより小さいのも売ってなかったしなあ。
なんか考える。
|
| 2011.2.5 |
えー、ほぼ受け売りとはいえ以前僕が言ったように、
Twitterが世界の情勢を塗り替えつつある昨今。
本当に、情報の伝達法が替わるだけで、
こんなにも大事になるのだと思うと怖い部分もありながら、
でも自分もその一部であるという緊張感も湧いて来る。
これからのネットは「荒らし」だのなんだのというような、
低いレベルでは語れないものなのだ。
ということは、逆にこれが終末を迎えつつあるかに見える人類の、
起死回生の一手を生み出す可能性も含んでいるやも知れぬ。
ま、あくまで僕というのは希望的な観測者なのだな。
それにしてもエジプトは気になる。
独裁の是非についてはなんとも言い難いが、
暴力による統治なんて歓迎されるわけがない。
iPhoneのない不自由さを知らしめられている。
辞書とカメラがないだけでも、けっこう面倒なのだ。
ここはあくまで外国で、しかも僕は現地語が全く出来ない。
現地の多くの人が持っている英語力に頼るにしても、
僕の英語はカタコトの「カ」以下だ。
といわけで十数年前にアメリカに行ったとき使った、
旅行者用のフレーズ集みたいな本を持ち出した。
たまにこういうのも見てみるといろいろ発見もあるもので、
完全に忘れていたことをぽつぽつと思い出した。
というか、アメリカで当たり前に使っていた言葉を、
今完全に忘れていたことに気づいて愕然としてる。
こんなものなのだ。
iPhoneはまだ休業中。
明日くらいには一度電源を入れてみようかと思うが、
中が乾いてなければ復活をふいにする可能性もあるわけで、
ここは鶴の恩返しのおじいさんの気分だな。
あれ?おじいさんだったけか?
忘れた。
どうでもいいや。
鶴なら「出来ました」と言ってくれるが、
iPhoneは「乾きました」とは言わないのだ。
|
| 2011.2.4 |
iPhone 3GSの行く末を見守っておるのじゃ。
|
| 2011.2.3 |
あぶないと思っていたが、ついにやっちゃったよ。
イヤフォンをつけたままトイレに入って、
どうなったのかわかんないけど、何かの拍子にiPhoneが水没。
用を足す前でよかった。
迷うことなく手を突っ込んで近くのタオルで拭く。
ケースをはずして濡らしたペーパータオルで、
着いているであろう見えない汚れを拭く。
穴になった部分に水が入ってたらと思って数回振ったが、
こういうことはしない方がいいらしい。
というか、自分でもそう思いながらやったわけだけど。
それからケースを洗って、どうしたものかと考えた。
しかし何をするでもなくTを迎えに行く時間なのだ。
触ってみると一応動くのでこれは大丈夫かもと。
カメラだけはレンズがソフトフォーカス状態。
これはしょうがないが、なんとかなる。
Tをつれて買い物も済ませて帰ってみると、
そのときにはホームボタンもスリープボタンも
言うことを聞かなくなっていた。
なるほど、じわじわ来るか。
とりあえず何かあるかもとネット検索してみると、おお出る出る。
同じ経験をした人たちの書き込みがわんさか。
結局総合するとこのようなプロセスになる。
1水から上げる。
2拭く。穴の中の水分をとる。
このとき振らない。
3乾燥剤とともにジップロックなどの密閉出来る袋に入れる。
乾燥剤がない場合は米でもいけるそうだ。
4そのまま暖かい状態で数日我慢。
この方法で、かなりひどい状態のモノも復帰を果たしたとか。
中には、水から上げたときしみ込んだ水の重みを感じた、
などというiPhoneまで含まれている。
すごいわ。
ちなみに僕の現状を言うと、
軽くドライヤーを当てたらレンズの曇りはなくなった。
しかしこれも熱に強いわけではないからやらない方がいいらしい。
さてAppleに電話するか、softbankに相談するか。
はたまた〜と考えていたが、希望的観測により様子を見ることに。
まだ死ぬには早いぞ。
ほんで、水没センサーが無事であることを祈る。
でなきゃ、帰国後すぐに新品と交換してもらう算段がおじゃんだ。
iPhone 4という選択肢もあるがいくらかかるんだろ。
いずれは替えなきゃならんが。
|
| 2011.2.2 |
朝早めに家を出ようと車を出しかけたが、
エントランスの石畳のスロープで滑ってどうしても出られず。
8時少し前くらい。
このところ雪は降ってなくてただ霜が降りてそれが凍るのだ。
はっきり言って歩くのも苦労するくらい凍ってる。
様子を見てMが家から出て来たので、
後ろを押してもらおうとしたが、
地面が滑って踏ん張ることすら出来ない。
結局タイヤの前後に道路用の塩を多めにまいて辛くも脱出。
こんな日々。
|
| 2011.2.1 |
うーむ。
あらゆる面においてあまりにも効率が悪過ぎる。
もう2月になってしまったではないか。
困るなあ、はは。
MacBookの動きがあまりにも悪いので、
ほぼ満杯状態のハードディスクを整理することにした。
外付けHDとDVDにデータを出したがまだまだ。
ほんとこんなことやっててしょうがないな。
しかしこのままではどうにもならず。
ま、やるわいな。
|
| 2011.1.31 |
現在の愛車は中古車なので、
正直いつなにがあってもしょうがないとは思ってる。
実際少し気になるところがあったので見てもらうと、
すぐに何か危険なことに繋がるわけじゃないが、
修理が必要で、それは部品が入ってからあらためて、
というようなことを言われる。
そうか、でも診てもらっておけば少し安心する。
ただ今日はそれを確認するだけのことでずいぶん待った。
僕の前に別の車の修理かなにかが入っちゃったそうだ。
おかげで「今日は早く迎えに行く」とTに約束したのに、
いつもと大して変わらない時間になってしまった。
彼女は忘れていたらしいが。
忘れるくらい楽しめるならそのほうがいい。
今日はジムへ行ってみんなでダンスをしたそうだ。
デンマークへ来てからは大声で歌を歌うようになった。
いつも楽しそうに笑っている。
日本にいたときの少し引き気味の性格を忘れてしまった。
|
| 2011.1.30 |
デンマーク名物「The Little Mermaid」を、
デン4ヶ月を目前にして初めて訪ねたよ。
「世界3大ガッカリ」とか言われてる不憫な像だが、
見てみたら観光客はいっぱいいるし、
像が小さくてつまんないとか聞いてたけど、
要は実物大、というか人間と同じサイズというだけで
なにか物足りないとかつまんないとか、
個人的には一切なかった。
ていうか、あれ以上大きかったら気持ち悪いわ。
それより僕が違和感を持つのはあの足。
あの人魚にはあきらかに足があって、
その膝から下に申し訳程度にひれのようなものがついている。
この人魚像にはモデルがいて、しかもそれが日本人だというのだが、
その人の足があまりにもきれいだったため、
彫刻家がその足まで作ってしまったということらしい。
しかしそれで良かったの?
よくわからんわ。
どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
顔も体型も地味だが、それも日本人モデルを描写したせいかな。
ガッカリといえば、周りの風景はそうかも。
実際にはそこは海というより川のような場所で、
向こう岸には工場があり、何本もの煙突が煙を吐いている。
写真を撮るにも気を遣うというものだ。
そのあと、近くの博物館へ行ったが、
いろいろあってそれなりに面白かった。
どうせまた行くと思うのであらためて書くことにする。
|
| 2011.1.29 |
昨日日記に書くべきことをちゃんと決めてたつもりだったが、
またしても寝ちゃったな。
どうしても起きてられなかった。
しかし何を書くつもりだったか思い出せもしない。
ほんと、記憶力には問題あるよ。
少し前からTwitterでやり取りするようになった人が、
男性だと思ってたのに、実は女性だった。
これびっくりよ。
別にその人だって隠してたわけでもなりすましてたわけでもない。
僕が勝手に男だと思い込んでて、
初めてブログを見てみたら性別:女性、と。
ちょっとむずかしい言葉を使ったり知識が深そうだったりして、
イメージが女性っぽくなかったのだ。
いや、そんな言葉遣いをしたとしても、
女性ならもうちょっと違うニュアンスで表現するかなと、
勝手に思ってたというか。
とにかく驚いたけど、面白かった。
Twitterって話題が限定されないから、ツイートを観てると、
その人そのものが見えて来るときがある。
だから相手が誰でも、その人の一面を見ているんじゃなくて、
その人そのものと自分が直接関わっていくことになる。
要は、仕事で付き合いのある人、とか、
趣味で知り合った人、とか、そんなんじゃなくて、
あえて言うなら、同級生みたいな、
お互い見てるとこは、肩書きや能力ではなく、
その「人となり」みたいなとこ。
これがほかのネット・コミュニケーションと違うとこだな。
僕がTwitterに肩入れする理由の大きなひとつ。
非常に重要。
昨日、日本の実家から荷物が届いた。
衣類やお菓子、その他食料品などに混じって、
僕が頼んでいた本が数冊。
これをゆっくり読む時間をお願いじゃ。
|
| 2011.1.27 |
野暮用でコペン。
あてなく歩いてると、先日レオ・セイヤーを買った店に。
とにかく今は安売りの時期なので何かあるかも、
と入ってみると、まあ、ありました。
今日の収穫はまず「Sam Cooke 75」
3枚組CDに、サム・クックの歌が75曲も入ってる。
ベスト盤かと思ったが有名な曲は入ってない。
でも、これはいい。
サム・クックの「真正面から歌と対峙する」みたいな態度が好きだ。
斜に構えるというところが微塵もない。
サムを聴いてるとどうしても坂本九を思い出してしまうが、
坂本氏もまた、歌に真正面から対峙する人だったように思う。 それ以前に、彼も非常に熱いサムのフォロワーだったわけだけど。
もうひとつは「BILL WYMAN'S BLUES ODYSSEY」
これはよくある「ブルースの旅」みたいなものかと。
ビル・ワイマンは陽気で饒舌だった。
演奏もそうだが、やはりただ者じゃない気がする。
きっとストーンズでの役割は大きかったんだ。
こういうビデオは全編ブルース漬けなのが心地よい。
そういえばこれを買った店でずっとブルースがかかっていて、
そのあとずっとアタマの中がセッション状態だった。
他の音楽だとその曲がただループを続けるが、
ブルースだとアドリブが始まってセッションになる。
脳内でなにかいいものが分泌されてるんじゃないだろか。
これふたつ合わせて日本円なら500円ほど。
投げ売りにもほどがあるね。
|
| 2011.1.26 |
Kの学校の先生からメールあり。
もちろんデンマーク人。
彼女たちはこちらにあわせて英語でコミュニケートしてくれる。
あわせてったって、こっちにとっては英語も単なる外国語で、
可能性として最大限だとしか言えないのだが、まあいいとして。
Kは今、極端に少人数の特別クラスでデンマーク語と数学を主に習っているが、
これはデン語が出来ないと通常のクラスにはいってもついて行けないからで、
こういうクラスの存在自体が非常にありがたいが、
こちらとしては、ほかの子たちと接することや、
英語の授業を受けさせたいという希望があった。
メールの趣旨はこんなところ。
「こちらの協議の結果に賛同いただけるなら、
早ければ来週半ばからでも、Kはほかの子たちに混ざって、
音楽や英語の授業を受けることができます。
ほかの子たちとともに過ごす時間も重要です。
彼に説明し、その準備があるかどうか確認した上でご連絡を」
願ってもない。
彼はここからまた新しい段階へと進むわけだ。
なにか面白いものを拾って帰ることを願ってるよ。
ところでメールの中に「He is a clever boy」と書かれたところあり。
これはこれまでにも言われたことがあるが、
要はデンマークの数学が非常に遅れているからではないかと思う。
日本で通常通り数学の授業を受けているものなら、
こちらではかなり楽が出来る、というより、
けっこうな印象を与えることすら出来るのかも。
数学がもともと得意なKであればなおのこと。
デンマークにはそんな側面もある。
先日買った筋トレ器具は、とりあえず毎日使ってる。
初日数回しか出来ずに、さらに翌日腹筋のみならず腰まで痛んだが、
その後続けていると、今では筋肉痛はほぼなくて、
ちょっと張っている感じのみ。
えらいもんです。
日本円で1,000円しなかった器具でどこまで出来るかちょっと楽しみ。
こちらではウォーキングをするつもりで来たのに、
実はこれまで一度もしていない。
ま、氷漬けの道路じゃ、歩くことすらままならないのだが。
さてどこへ向かって行くものか。
|
| 2011.1.25 |
ま、いろいろ書くこともあるわけだけど、
サッカーの対韓国戦時のTwitterのタイムラインが、
あまりにも面白かったので、ここに転載できないかと考えた。
明らかに実況中継以上のものがあるし、
それを観ているだけで映像さえ見える気がする。
それぞれが全く違う視点から話している面白みと、
実際に会話している人たちとの位置関係、混ざり具合。
そこに何の関わりもないことをつぶやく人もいたりして、
とにかくこれを見せたい、と思ったのだが、
うーん、だめだな。
どう考えても、ちゃんと伝えるには長くなりすぎる。
とりあえず何のことかわからない人はTwitterを覗くべし。
あちこちから話を聞く限りでは、
登録せずに僕のツイートを読んでくれてる人が、
かなりいるようなので、ホントにこれはもったいない。
参加すべし。
一緒に楽しまなくては。
|
| 2011.1.23 |
少し前の話、ガソリンを入れるときに、
バイトの女の子にデンマーク語で話しかけられて、
全くわからず「Sorry」と言うと、
(相手の話が分からないときは大抵これでわかってもらえる)
「English?」と訊かれたので「Ja (Yes)」と答えた。
すると彼女は笑いながら「それなら簡単!」と。
「Easy」とはっきり言ってた。
当たり前にそんな感じ。
|
| 2011.1.22 |
夢を観たのはひさしぶり。
弟や従姉妹や友人を総動員したが、ストーリーは記憶なし。
意外と早い初夢だった。
甘い映画のようだった。
|
| 2011.1.21 |
数日間気温がプラスをキープしていたので、
雪はウソのように消えた。
面影を残すのは、雪かきによって積み上げられた融けきらない雪と、
除雪車コース外の道の踏み固められて氷に変わったところのみ。
昨日今日としばらくぶりに冷え込んで、
庭の芝生が霜で真っ白になっていた。
雪が積もったかのように白いのが想像を超えている。
物事というのは想像を超えるから面白い。
イレギュラーを受け入れ、
ルーティンや単なるバリエーションにならない毎日を心がける。
説明のつかない人生が好み。
|
| 2011.1.19 |
朝起きたら腰が痛くて、こんな日ってあるよな、とか考えた。
しかしそうだ、昨日はちょっとした筋トレ器具を買って、
軽くやってみたらかなり応えて、いや、
これは相当応えたし、ほんとにチョッとしか出来なかったのだが、
ああ、あれか、と。
そういえば、腹筋がこれも最近憶えがないくらいに痛いぞ。
水泳時代の腹筋復活なるのか?
今日はいつも行く商店街からはずれて、
ひとりでフレデリクスボー城のまわりを歩いてみた。
城下ということもあるのか、けっこう立派な家も多い。
立派と言っても日本によくある、
どこから持って来たのかよくわからないような、
成金建築じゃなくて、かなり古そうなレンガの建物とか、
そういう類いのことね。
城は大きな池にぽっかりと浮いている。
これは日本的にいうとお堀なのだけど、
日本の城みたいに石垣があるわけでもなく、やっぱり池だな。
今はこれがほぼ凍っていて全面真っ白。
鳥が水面を歩いていた。
その周りを遊歩道が続いている。
遊歩道の入口に城を含めた平面図のある案内が立っていた。
舗装もしていない通路はどこも氷が貼り付いてやはり危険もある。
歩いていくとおばあさんがベビーカーに小さな子を乗せて、
凍った道の途中で立ち往生している。
大丈夫?と訊くと、なにかひとことデン語で言って、
引き返していった。
もう少し歩くと独特のデザインを完璧に刈り上げられた、
きれいな庭がある。
さっきの平面図にこれを見つけたから観たくなってしまったのだ。
デンマーク式なのかなんなのか知らないが、
それは庭でありながら庭でないようで、
まわりを柵で囲ってあるし、入口は一応開いていたが、
誰も入っていないしで、近付き難くそれ以上行くのはやめた。
まあ見事なものである。
そこから城へ続く橋に向かって左へ折れると、
雪解け水が大きな水たまりをたくさん作っており、
そこに水鳥がたくさん浮かんでいた。
デンマークへ来てから特に印象的なのが鳥だ。
どうも絶対数が多いと思えてしょうがない。
彼らは雪も雨も関係なく、風の強い日にもいつもと同様に活動する。
僕にはどうしてもあの「飛ぶ」という行為が納得出来ないが、
きっと究極に精巧に作られた恐ろしく機能的な生物なのだ。
橋を渡り、門をくぐりながら風の冷たさをことさらに引き受け、
レンガの壁と空の曇り具合のコントラストを確認しながら、
要塞を反対側へ抜け、商店街へと戻った。
Twitterに写真を少し載せておいたよ。
|
| 2011.1.18 |
スーパーで物色中にどこかで聴いたような曲が。
あれあれえ、これは〜、と思っていると予想通り、
「マケロ、マケネ♪」
空耳アワーでやってたやつだな。
フルで聴いたのは初めてだ。
あれなんなんだろ。
デンマークではメジャーなのか?
某女史がTwitter上で百人一首についてツイートしてた。
意味が分かると興味深いというが、そうなんだろうね。
僕は小学高学年から中学にかけて家族や親戚でずいぶんやったので、
百人一首にけっこう自信があった。
祖母などは見つけた札をパシッとはじき飛ばす、
往年の競技者らしかったが、
僕は意味もわからずただカルタ取りを繰り返すことで、
歌を覚えていただけで、とにかく弟や従姉妹たちに負けないのが目標。
中学の百人一首大会では3対3のチーム対抗で、
同じ学校だった従姉妹と偶然にも対戦となった。
本気で狙っていた僕はひとりで四十数枚とったが、
味方の二人が獲得枚数合わせて1枚で負け。
「田子ノ浦まってるねん」と言うので「じゃそれ絶対とれよ」と、
「ふじのたかねに〜」の札をにらむ彼を一応信用していたが、
なぜか相手に獲られた。
百人一首にまつわる僕の一番記憶に残っている話。
今思い出したが、学校で百人一首のテストがあった。
上の句と下の句を番号で繋ぎ合わせるというもので、
こんなくだらない試験をする教師の気が知れなかったが、
どういうわけか僕はひとつ間違えて、
ひとつ間違うと自動的にもうひとつも間違えて98点。
もっとも口惜しいテストでもあった。
そういえば美術でもペーパーテストがあって、
名画のタイトルと作者を線でつなぐという、
これまた教師の能力を根底から疑ってしまうようなテスト。
あの頃すでに、学校って腐ってるなと思ってた。
そういうこととどう関連するかは僕自身にもわかんないけど、
学校の英語をいくらまじめにやったって、
絶対に英語をしゃべれるようにはならないと確信していた。
それが今の英語力を象徴してるんだ。
しゃべれないにしても、知識としてあっても良かった。
ま、情けないと言うのは簡単だが。
え?
ポール・セザンヌ生誕172年て何?
その中途半端な数字は。
|
| 2011.1.17 |
芥川賞の発表あり。
ニコニコ生放送で中継されてたので、
ほかのことしながら観てたけど、
西村賢太さんには興味あるなあ。
あのひとは当たり前じゃないものを持ってる。
個人的につきあってもいい感じかも。
ただ下手すると、自分を観てるような気がしちゃうんだな。
そう考えると萎えるか。
とりあえず作品を読んでみたいけど。
朝吹真理子さんみたいなタイプはちょっと取っ付き難い。
生まれたときから宮殿にいる人をシンデレラとは言わないよ。
ま、面白きゃいいんだけど。
直木賞には何の興味もないんだけど、そうでなくても、
今回は芥川賞のふたりに持って行かれちゃった感ありあり。
木内さんとか、ちょっとかわいそう。
それにしても、記者の質問がつまんないね。
相手のことをよく知らないんだな。
そう考えると記者も大変だ。
候補作くらいは読んどかないと質問も出来ない。
読んでないだろな。
雪は恐ろしいスピードで融けていく。
予想をはるかに超えて。
真っ白だった風景が、何もなかったように色を取り戻している。
ただ氷は魔物だ。
ゆっくりと融けながらそれ自体が罠のように牙をむく。
今朝も車が30°くらいは回転したかな。
完全に融けきるまでは気を許せない。
いっそのことスケート靴なら移動しやすいのかも、
と本気で思う。
|
| 2011.1.16 |
日本を発つ前から、コペンハーゲンで、
ボブ・ディランの展覧会があると知っていた。
これは行けそうだと思っていたが、コペンが意外に遠い。
そのうち忘れていたけど、まだ終わっていなかった。
これは観て良かったよ。
深みを知る人は、ジャンルを問わないのかも。
それにしてもあのデッサン力はどこで身につけたのか。
あれだけの色を使い分けるのもけっこうなものだよ。
作品数は美術館でやるにしては少なめだったけどね。
同時にピカソの展覧会も開催中。
しかし、入口ののぼりはディランがメインで、ピカソはサブ。
それはどうなの?
さすがはピカソ、全く隙がない。
この人だけは本当に本当の天才だと言えるよね。
何だか引き込まれてしまう。
たぶん僕はものすごく憧れているんだと思うね。
あとは、デンマーク人作家による絵画作品の展示。
それに彫刻作品。
僕は具象の、とくに人体彫刻が好きなのだが、
本当にいいものがあって、ひさしぶりに感銘。
石の滑らかなカーブが今も焼き付いてとれない。
どうも血が沸き始めちゃった気がする。
僕は一旦美術作品制作をあきらめた人間で、
自分でわかってるからちょっとモヤモヤ。
ずっと昔に自分で納得して方向をシフトしたんだよ。
と言いながら、新しい絵のアイデアまで軽く浮かんでしまったが。
|
| 2011.1.15 |
気温が高めをキープしてるので降水は雨になる。
ウチの周りの除雪車コースからはずれた地帯は、
一面に貼り付いた氷に深い轍のみを刻んで、
雨水と融けた氷にコーティングされた。
車のタイヤはそれらをつかみきれず方向も確定出来ないまま、
ふらふらとときに危険をはらみながら進むのだ。
轍の深いところは水たまりになり踏めばしぶきを上げた。
このスリルを記録出来ないかと思いついたが、
アクセルとクラッチでシーソーしながら出来るもんか。
あらためて助手席に誰かいる時に挑戦出来ればと。
英語の勉強を兼ねて映画を観ることにした。
とにかく安価でDVDが手に入るので、
全く興味もなかったけどハリーポッターとかもKやTと。
映画というのは小説と比較するとどうしても物足りなく感じてしまうが、
このあたりは払拭されないまま。
でも、特撮の不自然さと、ストーリー展開の都合よさをのぞけば、
それなりには楽しめる。
今日観たのはアートスクール・コンフィデンシャル。
タイトルすら聞いたことがなかったのに、
「アートスクール」に引っかかった。
うーむ、まさか。
だが、ここに必然があるのか考えちゃうな。
これも都合良過ぎるかもな。
エーゴ?
まあがんばるよ。
そうそう、ためしにiPhoneにハリーポッターをいれてみた。
ちょっと小さいけどなかなかきれいに観られるもんだ。
iPhone 4ならもっときれいなんだろけど。
|
| 2011.1.14 |
雪積もってるし、濃霧だし、道はツルツルだし。
家でストーブ焚いてるに限るんだよね。
これはTwitterのレベルか。
|
| 2011.1.13 |
そうだ、昨日椅子を買ったんだった。
仕事用には、大家さんから借りてるダイニングの椅子を使ってたけど、
これが変にリラックスさせてくれちゃって仕事には向いてない。
というか、これでやってるとかなりしんどい。
でまあ、日本で言うニトリを小規模にしたみたいな店で、
椅子を見てみたら、200krでそこそこのがあった。
座り心地もこの値段にしては上々なので即買い。
段ボールに入っててどれだかわかんないので店員に尋ねて、
レジまで運んでもらったけど、バーコード通すと150krと出る。
店員は「安かったけど、モノはこれに間違いないよ」という。
なんだこれ、ということは日本円で2,200円ほど。
ちょっと安過ぎて得したのかなんなのかわかんなかった。
デンマークの水が日本とはまるで違うというのは前に書いた。
いや、Twitterだったか? わすれたな。
強烈な硬水で、洗い終わった食器に、
カルシウムが幕を張ってるんだから半端じゃない。
この水を飲んでると骨粗鬆症になり難くなるんじゃないかと思ってるよ。
成長期のKなんかは、背が伸び放題かも。
いや実際にデンマークへ来てから3ヶ月で7センチ伸びてるらしい。
うへ〜、だわ。
そんな話じゃなくて、頭を洗うのに、
僕は頑固に日本から持って来たシャンプーをずっと使ってた。
ところが洗い終わりの感触がなんかおかしい。
子供の頃からさらさらで、頭を振れば髪型が元に戻るし、
櫛を使っても引っかかったことが一度もない。
そんな髪が、さわるとその形でとどまる。
ガサガサのごわごわのギシギシ。
なんだこれ、と思いながらも使い続け、
あ、これ水のせいか!と気づいた時には頭髪の過疎化も進んでおり。
結局こちらのスーパーで買った普通のシャンプーを使えば、
ノープロブレムという、ああ、なんというオチ。
髪を返せ!とそんな僕でした。
ところ変わればなんとやら。
甘く見ちゃあいけませぬ。
|
| 2011.1.12 |
昨日の日記は、書いたはいいがアップする前に寝てしまった。
こういうことは日本にいたときからよくあったと言えばそうだが、
肯定出来る話ではない、というか、
やっぱりちゃんと寝ないとだめだな。
ほんとに。
薪ストーブを使っているが、
大家さんが用意してくれた薪が少なくなってきたので、
買おうと思っていたのだが、忙しくて後回しだった。
さてという時に大家さんに「安価で入手する方法がある?」
と訊いたところ、販売店をあたってくれたらしい。
知ってれば教えて、というだけのつもりだったのだが。
とにかく親切で何かと世話を焼いてくれる人なのだ。
結局今年は異常事態で薪不足らしく、どこも売り切れ。
かわりに木屑を固めたレンガのような燃料を買ったのだが、
使ってみると思った以上に薪とは勝手が違う。
正直どう違うのかすらまだ把握出来ず。
すっかり薪ストーブと仲良くなっていた僕としては、
突然転校生がやって来た気分でやや新鮮、ちょっと戸惑い。
実は小津安二郎の映画のDVDをたくさん持って来ている。
それ以外で僕が個人的に持って来ているのは、
タルコフスキーやコン・リーなどのまだ未視聴の映画と、
大好きで何度も観たビーチボーイズ・ストーリーのDVDだけ。
夜中にでもゆっくり観たいと思うがなかなかそうもいかず。
日本を離れる前に、
歯医者で診てもらってた歯のひとつの様子が変。
子供の頃に虫歯を治療した歯で、これの詰め物がとれたので、
詰めなおしたら、それから沁みるようになった。
知覚過敏と同じ状態、ということで、
知覚過敏に効く歯磨きを使うことで事なきを得ていたが、
なぜかたまに沁みるような痛むような。
わずかに欠けてるんじゃないかという疑惑もあり。
デンマークで歯医者なんかにゃ行きたくない。
行きたくないよう。
|
| 2011.1.11 |
今日はコペンへの道すがら、それと昼食時の話題について。
ひとつめは、Twitterによってどれほどのものを得たのかという話。
とにかくいろんな人たちをフォローしているうちに、
かなりの域に達した強者たちに行き当たっている。
この人たちの書くこと、主張というのがとにかく面白くて、
さらにそれらがどんどん自分の身になっていくことを実感しているのだが、
それにつけて、人というのはみんな同じように見えていながら、
ここまで違うのか、というより、
これほどまでにギャップの大きい別のレベルで暮らしているのか、という、
ものすごく根底的な話になってきた。
そこから得るものがあまりにも大きくて楽しくてしょうがない。
ただ、それらを読んでいれば自ずと、
同じものに触れていながら、まったくその重要性に気づくことなく、
空振りを繰り返している人たちの存在にも気づく。
このギャップは、一生かかっても埋められるもんじゃない。
埋めるべきものかどうかも知らないが。
ただ人生はだから面白いとも言えるし、だから辛いとも言えるね。
もうひとつの話題。
このところずっと、頭に思い描いたことが勝手に現実化していくような、
あるいは、何も考えていないのに、誰かが先回りしたかのように、
行く先々が、自分の都合良いように環境を整えられている、
そんな感じがしていて、このスムーズさが心地よいのではあるが、
要はこれってなになの?ということ。
物事には善し悪しはないというのが僕の基本的な考え。
悪いことが起こった、ひどい目にあったという人は、
物事をマイナスに見ているので、マイナスのことを自ら引き寄せる。
その反対も同じ。
結局は環境、もっと言えば、宇宙に逆らわずに、
自分のいる位置を受け止め、受け入れながら、
そこで出来ることをやれるだけやるのが理想かなと。
そしてそうする結果として、
宇宙が味方をするという現象を呼び起こすのでは?
そんな話をしたよ。
何事も力づくじゃあ続かない。
なんかもっとバカ脳天気なことを書きたいんだけど、
どうもこのところこういう話が面白くてしょうがない。
やるべきことをやる時間はないけど、考える時間はある、
みたいなことか。
肉体労働してるもんな。
もっともそういう話のないところに人生なんてないわけだけど。
とにかく楽しい。
あ、レオ・セイヤーのCD買った。
なんか見つけたら懐かしくて。
ベストなので僕の一番好きな曲はなかったけど、
Thunder In My Heart と You Make Me Feel Like Dancing は、
受験時代を思い出させてくれた。
CDとDVDの2枚組なんだけどDVDの映像はさすがに古くさかったわ。
|
| 2011.1.10 |
やっと服を買ったよ。
荷物が多すぎたんで持って来れなかったから、
ずっと同じ格好しててまあなんとも冴えないというか、
それより上着は洗う機会がないからどんどん汚れて行く。
しかも持ってるものが赤ばっかりなもんで、
下手すると、上着が赤で、靴も赤で、財布も赤で、
さらに下着代わりのTシャツとパンツも赤とかいう、
ちょっと異常者かというくらいの赤攻撃。
サンタクロースもパンツくらいは白だろうかと。
そういえば、昔からバンドのお客さんたちに、
「赤のイメージ」だとさんざん言われてたけど、
特に赤が好きなわけじゃなくて、僕に合う服の中で、
合う色を選んだらどういうわけか「赤」ばっかりだったというだけだ。
これでも「赤」を出来るだけ避けてるんだけど。
バーゲンのこの時期にまとめて、とはいうものの、
はっきり言って服を買うのがものすごく苦手だ。
どこの店へ行っても、欲しいものなどあったことがほとんどない。
見るのも面倒で、試着などとんでもない、という僕です。
さて億劫だなと思いつつ2〜3軒めぐってみると、
なんと身に合うそこそこのセンスのものがありましたよ。
しかも激安。
上着もいいのを見つけたんで購入。
結局3着入手となったが、なかなかこんなことはない。
まあ、うまくいく時にはこんなもんだわ。
本屋へ寄ると、ビートルズが表紙の本が、
10クローネで投げ売りされてた。
日本では書籍の安売りはないからちょっと違和感あるけど、
ぱらぱらのぞいてみると、これはビートルズにからんだ、
ちょっとしたお話の絵本だった。
ビートルズファンの物語のような気がする。
ただDanishなので内容不明。
時間があったら意味を調べてみようかと思うけど。
で、自分の分とお土産とで合計2冊購入。
1冊はバルビネのお客さんに抽選であげるとか、
そんなのも楽しいかも知れないし、
もう少しほかにも探して企画を練ってみようと思う。
昨日はまた寝てしまってた。
なんだか知らんが疲れてるのか?
こないだはハードルを越えたという話をしたけど、
実際のところ、僕にとっても家族にとっても、
とりあえず最初の中継地点を越えた。
ここから開けて来るものは大きい。
まあ、あまり人に言うことでもないので抽象的だけど、
ちょっとほっとしたのかも知れない。
充分寝てるとは言い難いしね。
寝るわ。
ちゅうか朝にワープ。
たまには夢というものを観てみたい。
この分だと初夢は早くて春頃かな。
|
| 2011.1.8 |
昨夜は不覚にも寝てしまい、日記はパスした。
毎日書くと決めてから初の失態。
まあ、こだわり過ぎてもしょうがない。
今日は家人Mの展覧会(Y氏との二人展)初日なので朝からバタバタ。
祖母から借りて来た着物を自分で着付け。
僕は車がすぐに出られなかったら困るので雪かきしようとしたけど、
凍っていて無理なので塩をまいてブーツで踏みつぶす。
なんとかなりそうなところで部屋へ戻って少し着付けを手伝ってから、
どたどたと全員でクルマに乗り込み出発。
昨日ガソリンを入れそこなったのでスタンドへ寄るが、
今日は土曜日なので値段が上がってる。
昨日なら合計で十数クローネ安かったはず。
日本円で二百数十円か。
毎回これだと出費に大きな差が出来る。
今日はMにとって大きなハードルがひとつあったのだが、
それを彼女がなんとか乗り越えたので、
後のことはわりとどうでも良かったが、
思いのほかいい雰囲気で、お客さんたちも満足げだったので、
僕としてもそこそこの及第点。
家族としてもハードルをひとつ越えた感じだな。
こういう日はKやTにも負担をかける。
僕自身だってかなり疲れたがこれはMひとりの仕事じゃなく、
一種の家業だと思っている。
KもTも生まれたときから何も意識せずに関わって来ている。
家族で芸術に関わるということがどんなふうに将来に影響するか。
これはなんとも興味深いのだ。
|
| 2011.1.6 |
昨夜また降って、しかもかなり降って、
雪かきがどうにも追いつかなくてまたKが学校に遅刻。
それでも家から出られたのはラッキーで、
次にTを連れて出ようとしたら、車体がウチの敷地を出る前に停止。
もう一回やってまた停止。
しょうがないのでなんとかバックで戻り、
家の前の道の雪かきまでやった。
正直、腰のスペアが欲しい。
身体がもたんわ。
で、午後また出かけようとしたら、
今度はこの集落の郵便受けの前に停車中の1台。
これを避けるために少しコース(というよりただの轍)をはずれたら、
こんどはかなりしっかり停止。
前進もバックも全くきかず、Kに押させても無理。
止まっていた車のおばさんも手伝ってくれたが、
結局トランクに載せていたスコップで、
タイヤの周りの雪をのぞかないと動かなかった。
おばさんとはそこで「Tak」と言って別れて、
あらためて発進と思ったらまた動かず。
隣のおじさんも車で通りがかって「大丈夫か」と声かけてくれたが、
とりあえず「オーケー」と笑ってからさらにスコップ作業。
最終的にちゃんと走り出すまでに20分くらいはかかったんちゃうやろか。
こんなことやってる場合じゃないんですけど。
買い置きのミネラルウォーターがなくなって、
店も品切れなもんで、ウチには水がなくなった。
ここの水道の水は非常にきれいで味も悪くないから、
デンマークの人たちは普通に飲んでいるらしいが、
僕にはどうも重たすぎて口に合わない。
重たいという表現は僕の感覚の話で、
とにかくこっちはカルシウム分の極端に多い硬水なもんで、
日本の軟水の水道水とはまったくちがう。
これがあまりにも硬い(という表現も是非が不明だが)ので、
いくら飲んでもスッキリしないのだ。
こんな水が存在するのかホントに。
しかしこのカルシウム分にはデンマーク人も手を焼いてるようで、
湯沸かし器や食器洗い機、洗濯機、などなど、
いろんなものにカルシウムの結晶がまとわりついてえらいことになってる。
洗い立ての食器には白い幕が張ってるし、機械の故障まで引き起こし、
さらに水道の排水も詰まりがちみたいだ。
ここに僕らの想像を絶する未知の世界が存在した。
あー大変。
水がないのでワインを飲んだ。
しょうがない。
この水を飲んでたら骨粗鬆症とかにならないとか、
そういうのあるやろか。
|
| 2011.1.5 |
昨夜降った雪で、今朝はまた少し足止め。
雪かきしていたらKが学校に少し遅刻したが、
こんな日は同じような車がひしめき合っていて、
学校の入口や駐車場も渋滞状態。
要するにそういう人たち全員遅刻だし、先生も例外ではない。
徒歩で来れる子はいいけど、そうでなければ自転車は危険だし、
車で送るしかない。
しかし車だって充分に危険と戦っているのだ。
そういえばデンマークへ来てひと月半ほど過ぎた時に初めての積雪。
それ以来、雪のない状態は一瞬たりともない。
デンマークの道路の形態からして、ハンドル操作を誤ると、
道からはみ出して溝に落ちるのだが、
そういう境遇の車に少なくとも5台以上は遭遇している。
命を落とすケースはかなり少ないと思うが、
車が動けなくなるって惨めだよ。
さて今日もまとまりつかなくなって来た。
このごろデンマークの話題がなかったから、
ちょっと触れてみようと思ったのだがこの体たらく。
アタマをリセットせねばならぬ。
|
| 2011.1.4 |
Mの展覧会の搬入につきあったけど、そこで見た段ボール箱に、
「Handle with care」と書いてあって、
そこからずっと「Handle with care」がループした。
「Handle with care」と言っても、まあわからん人にはわからんのだが。
とりあえず疲れた。
|
| 2011.1.3 |
例えば日本語だけにしてもいろんな言葉があって、
もちろん人によって使う言葉は違うけど、
それ以上に、ひとりでいろんな言葉を使うわけ。
この日記にしても、僕は多少言葉を使い分けたりするけど、
これも含めて、往々にしてブログなんかでは、
そのあたりが画一的になりがちだ。
結局公開された日記を読んだとしても、
それは日記に対応したその人の一面を見ているだけで、
その人そのものを見ているとはいえない、というのが僕の考え。
所詮は他人を本当に理解するなどあり得ないわけだけど、
そのことがわからない人って、かなり多いんだ、と、
ネット上の諸々を見ていて思った。
自分は何を知っているか、じゃなくて、
自分は何を知らないのか、から始めないと、
全ては虚しいところにしか行きつかない。
卑下するんじゃなくて、自分の限界を悟ることでしか、
その限界を広げていくことは出来ない。
まあ、そうあらためて確認したようなわけで。
難しそうでいて、べつに難しい話じゃないよね。
と、こういう話を書くと、やっぱり今僕は、
こういうことを主に考えてるみたいに見えるんだと思うけど、
そうじゃなくて、今日食べたもののこととか、
明日の段取りとか、財布の具合とか、聴きたい音楽とか、
鼻がむずむずするとか、クッキー残ってたかなとか、
次にどんな本を読もうとか、Twitterで読んだ内容についてとか、
人に託して来た自身の仕事のこととか、実家や親戚のこととか、
日本にいる友人のこととか、ちょっと大変そうな友人の仕事のこととか、
帰国後の演奏活動についてとか、
デンマークの大家さんのこととか、今年の展望とか、
とにかく限りなくいろんなことを同時に考えてるわけで、
そんなこと全部書けるわけがないし、まとまることもない。
僕らは、この世界についてほんの少しだけ知っていることがある、
というあたりにいつもいる。
今日は別の方向へ話を持って行こうとしたのに、
思うようにコントロール出来なかった。
ま、予定調和からは何も生まれて来ないわ。
またそのうち書き直すかも。
それにしてもiPhoneで本が読めるのはなんともいい感じ。
こうなったらひたすら電子書籍の旅かな。
ただ、ホリエモンが、
電子書籍の本命はやっぱりメルマガだ、と、
面白いことを言ってる。
これは非常に興味深いし重い発言かも。
はあ、なんか今、急に自分の文章のひどさに気が付いた。
今日はいいや。
徐々に直そう。
|
| 2011.1.2 |
「田原総一郎は止まらない」を読了。
安いしどんなものかと思ったら、ボリューム自体は小冊子という程度。
それよりちょっと読むものがこれまでと違って来てる。
いや、たまたま手に届く範囲のものを読んでるだけ。
とにかく何か文字を読んでるというだけで楽しいものだ。
そういえば、映画館へずいぶん行ってないが、
僕は映画にはいつも物足りなさを感じてしまう。
やっぱり本の方が内容の深みを感じとりやすい。
良い映画を知らないんだろうか。
元町映画館という友人がやってる映画館が神戸にあるが、
ここの映画は面白そうだと期待してる。
帰国後はぜひ行ってみたい。
映画と小説の対比をじっくりやってみたい気がする。
明日からデンマークは通常通り。
まだ三ヶ日だっちゅうのにね。
|
| 2011.1.1 |
新年が明けました。
言わなくても誰でも知ってるか。
明けましておめでとうございます。
とここでは書けるけど、昔からこういう挨拶は苦手だった。
誰もが同じように使う決まり文句はね。
このへん、とにかく人と同じは嫌だということに関しては、
自分でも驚くくらい徹底してて、
人と同じで安心するとか、それが満足とか、
そういう気分が僕にはないというよりそれはむしろ屈辱で、
だからこんなやつなのだ、と。
何を言ってるのかわからんな。
とにかく僕はこれで今年もやっていきますよということだな。
マル。
あ、でも大勢の中で自分だけ違うけどこれでいいのかなぁ〜、
っていう不安がある時はあるよ。
ちょっと意味が違うけどね。
年末年始はいつもなんだか忙しくて、
落ち着いて迎えられたことなんかなかったけど、
デンマークに来てもそれは変わらなかった。
どうでもいいんだけどね。
しかしいつも忙しくしてるのに何も先へ進まないのは、
結局僕のやることが遅いんじゃないのかという疑問はある。
たしかに遅いから。
早い人ならさっさと片付けてどんどん次へ進んじゃうんだろうね。
ただ、本を読むのと同じで、
斜め読みとちゃんとした速読じゃ意味が違う。
欲しいのは速読の能力だな。
速読と英語。
これは未知の世界だ。
こんなこと書いてる場合じゃないな。
2011年1月1日の日記は稀に見る乱筆ぶりだ。
実に失礼な。
と投げ捨てる。
|
|
|
|