●そこらへんのスケジュール。090703更新
 
「そこらへんメール」始めました。

★Balsamico & The Vinegar Web

 
バルビネのライブCDが完成しました!
★美術造形教室 アトリエ・トロッポ

2009.7.2

日曜日、フェアリーでのイベント終了。
この日の動員が店の最高記録だと僕は知ってる。
だって、先日まで僕が別でやってるバンドが記録保持者だったのだ。
ワタクシ、フェアリーにとってはさしずめ記録男だよ。

ライブの内容はとにかく楽しかったのだから言うことはない。
基本的に自分の気分でその日の出来を測る。
これが一番間違いないのだ。
お客さんの満足感がステージまで押し寄せてくると、
こちらの演奏からも、ただの演奏にない力が発信される。
1足す1が2以上になる瞬間、人は人以上のものになるような気がする。
というより、本来の力を取り戻すのか。
とにかく人ってどこまで行っても計り知れないと思う。

ただ、現実的に最も大事なのはじつはPAで、
バンドなんてPA次第、PAがバンドとお客さんを取り持ってくれる。
お客さんたちはバンドを観ながら、じつはPAさんの作った音を聴いてるのだよ。
だから本当はPAスタッフに最も大きな拍手を贈らねばいけないのだ。

終了後、スタッフと食事に行った。
あんなに美味いビールはないね。

ヤフーのアドレスを変更した。
誰にも知らせず、オークションくらいにしか使ってないアドレスなんで、
こういうことが出来るわけだが、これで迷惑メールが大幅に減った。
あとは、最も古くから使ってるソネットのアドレスだが、
ここにはまだときどき重要なメールが来たりするから削除出来ない。
ほとんど死にかけてるのにね。
なんとかしたいわ。

そうそう、辻井伸行やったけか?
盲目のピアニスト。
僕はクラシックをほぼ聴かないけど、
それは今まで聴いたものに魅了を感じなかったからで、
なにか偏見があるわけでもなんでもない。
音楽の時間はいつも退屈だった。
ただ、あの人の演奏は今までに聴いたものとはどこかが根本から違う。
僕には人間じゃないものが奏でてるように思えてならない。
なんなのかわからん。
でもとにかくすごいわ。


2009.6.23

ビート・インのライブの翌朝、祖母が98で死んだ。
そのうち27年は障害者として過ごし、
ここ数年は寝たきりで、食べることも話すことも出来ず、
彼女には生きることがもはや苦しいだけになっているのではないかと、
そんなことばかりを考えていたので、
「亡くなった」と電話で聞いて「あっ」と思った。
ついに、というか、とうとう、というか、僕は内心安堵したのだ。
彼女が元気だった頃、すでにかなり老いていた曾祖母が薬を飲みすぎたのを、
強烈に叱りつけていたことを時々思う。
僕らもかなり叱られたが、そんな面影も27年以上前のことだ。
実家に着いた時にはすでに夜で、叔父さんたちや弟などは帰っており、
祖母は奥の部屋に寝かされて、枕元で線香を焚かれていた。
ベッドに寝たまま過ごした頃より、
いくぶん健康そうに見えるのは葬儀屋の仕業だと思う。
今日の通夜では従姉妹たちと再会し、明日は葬儀。
喪主は100歳の祖父。
別れの儀式は、過ぎた時が戻らないことを思い知らせるかのように大仰だ。


2009.6.15

三沢光晴が死んだって。
忌野清志郎の死とは別の意味で、僕にとって大きな事件だった。
常々思うことも、今思うことも同じ。
昔のレスラーたちが世間の信頼を裏切ったその呪縛に、
今現役の真面目な若いレスラーたちががんじがらめになってる。
それは人種差別に等しいものがあるね。
自分から歩み寄って理解しようという意志を持たずには、
絶対に理解出来ないものが世の中にはいっぱいある。
そしてマスコミには、報道されるものもされないものにも、
いつも何か余計なベクトルの存在を感じる。
ご冥福をお祈りします。

突然思い立って「WINGSPAN」を車で聴いた。
「HITS」にはあまり興味がなかったので「HISTORY」を
と思っていたのに、間違えて「HITS」を入れた。
自身のボケ具合が身にしみる。
いきなり“Listen To What The Man Said”でゾッとする。
いろんな意味でね。
この曲は完璧すぎる。
余計なものも足りないものもなくジャストな感じ。
出来すぎていてある意味気持ち悪い。
例えば人間って誰でも不完全で、完璧な人なんていないし、
そんな人がいたらそれは人間のふりをしたロボットかあるいは異性物。
そんな感じ。
好きか、と訊かれると、わかんない。
やはり、あえて泥臭いところをめざしたジョージが僕には似合いなのかも。
“Venus And Mars”のLPを買ったらオマケがいっぱいで驚いたことを思い出す。
ウイングスの絶頂期だった。
ポールは年間20億かせぐが税金払うと2億しか残らないと聞いたのもそのころ。
僕にとっては2億も20億も同じだがね。

発売当時ちょっと驚いたのが“Goodnight Tonight”
小林克也がテレビで「ポールがディスコサウンドをつくったというので、
とうとう彼も!と思って聴いてみたら全然違った!」
と紹介していたが、たしかに言う通り。
ステレオタイプなディスコサウンドをコケにするくらいの、
ライトでユニークなノリはポールならでは。

“Junior's Farm”が発表されたときは中学生だった。
ラジオで聴いた翌日の休み時間、別のクラスのモネ渡辺に会った。
当時の会話をはっきり記憶している。
「ポールの新曲聴いた?」と彼。
「うん」
「もひとつやな」
「そやな」

「HISTORY」は懐かしい曲が多い。
“Helen Wheels”はジュークボックスで使い古した中古シングル盤を持ってる。
あのドラムのサウンドが不思議だった。生であの音を出せる気はしない。

“Man We Was Lonely”これはメロディが好き。かなり好き。

“Tomorrow”は僕が最も好きな曲のひとつ。
ただただ好き。でも、エンディングはしつこい。
ポールってこういうとこあるね。

“No More Lonely Night (Playout Version)”これ何?
こんなの知らんかった。
ビーチボーイズの“Here Comes The Night”もやっちゃった感もりもりだったが、
ポールでもこんなアホなもの作ったりするんや!とびっくり。
しかも相当に中途半端で何がしたいのか。

やっぱりポールはアルバム「Band On The Run」までがいい。
特にマイナーな曲にいいのがたっぷりある。
「WINGSPAN」にゃ入ってないが。
と、この文章を考えていて、今月ポール特集をライブでやることを思い出した。
そうだった。
僕のボケ具合も堂に入ってきた。
チケットも売り切れて、まことにありがたいことです。
ポール気分もいいかも。

iPhoneのイヤホンをシャツのポケットに入れたまま2回も洗濯してしまった。
一度目はたぶん問題なかった。
二度目はまだ少し湿ってる時に気づいて試してみたら、
左の音がやけに小さくて、これは直らないなと思ったけど、
ダメモトで熱い熱い車のダッシュボードに置いといたら回復した。
でもたまに少し右から雑音が聞こえる気がする。
気のせいということにしておこう。

そういえば友人が蛍狩りに行くと言ってた。
時期的にはいいのかな。
行きたいな。


2009.6.11

以前から好きだった吉田拓郎の曲をiTunes Storeでダウンロードした。
ここ数日は、この曲とCMでかかってるジミヘンの曲が交互に頭中をループしてる。
かなり昔のインタビューで、
リンゴスターが「ジミヘンなら何でも聴く」と言っていたのを思い出す。
車ではずっとバルビネのCDをループ。
自分の演奏はよく聴く。
というより、他人の演奏を聴かないのだ。
演奏者の心理を理解できるのがいい。
自分の演奏だからあたりまえか。

「B型自分の説明書」こういったタイプの本はこれまで読まなかったが、
Appleの「App Store」に無料版があった。
内容的には大まかに言い得てる気がする。
そもそもABO式血液型だけで人の性格を限定するなんてやっぱり無理だし、
そう考えると、こんなふうに行動パターンなどを箇条書きにするというやり方は、
研究方法としては的を得ているかも知れない。
自分に当ててみたが、当たってるともそうでないとも言い切れない。
というか、本当のところどうでもいいし僕は僕だが。

□B型が好き。(血液型としても、B型の人も)

 それはあるかも知れん。

□楽天家って言われるけど、実は結構考えてる。

 「楽天家」であることと「考えてる」かどうかは一切関係ない。

□だけど楽天的な時もある。

 いや、くっきりはっきり楽天的。

□根暗だ。

 まったく違う。

□集団行動の中で1人だけフラフラ散歩したりする。

 確実にする。

□口べた。

 かなり。

□人にすべてを明かさないことを、こっそり楽しむ。

 明かさないものだ。でも、楽しんでるわけじゃない。

□突然、何かしでかす。

 しでかした憶えはない。

□割と小心。

 「割と」はつかない。

□人見知り。

 です。

□人と同じは嫌。絶対。

 人と同じなら死んだ方がまし。というか生まれて来なければ良かった。

□たまにおどろくほど人の役に立つ。

 かなり限定的だがそういう自覚はある。

□でも照れ隠ししちゃう。だってマレすぎてどーしていいかパニック。

 客観的に自分を見る。謙遜するようになったら終わり。

□だけど、心の中では誰よりも「よっしゃー!!」と飛び上がりたい。

 そこまで小さくない。

□「不可能なことなんてホントはないんじゃないかな?」と思う。

 思う。

□会話に主語がない。

 まさか!

長いので抜粋。
「このあとは有料版で〜」いらん。

あ、「ルーヴル美術館展」の内覧会の招待状が来た。
これにはとにかく行く。


2009.5.31

天保山のあたりまで知人の展覧会を観に行って、
そこで今日が「ピカソ・クレー展」の最終日と知る。
初日の内覧会に行くつもりが、忙しすぎて忘れていたアレだ!
平静を装いながら「しかし今日観なかったら一生観ないかも」
などとアタマぐるぐる働かせ、行くことを決めたが既に午後5時過ぎ。
阪神高速「天保山入口」を入ったのが5時13分。
今日の入場は5時半までのはずで、もうどうとでもなれという感じ。
ハーバーハイウェイを摩耶で降りるとすでに29分。
これは無理かと思いながらも、とにかく行って頼んでみることに。
駐車場入場32分。
もう入場出来ないはずなのにガードマンは笑顔で迎え入れた。
よくわからんが突進。
と思ったら、インフルエンザ騒ぎで一週間休んだからか、
最終日の今日は時間を延長して8時までらしい。
急がなくてもよかった、が、天保山から兵庫県立美術館まで、
20分で行けることがわかったのはちょっと面白かった。

特別突出した作品はないが、全体的にはかなりレベルが高くてはずれがない、
というのが今回の重要なところ。
数合わせのためにどうでもいい作品を一緒に持って来られてもつまんないし、
これは本当にポイントが高い。
入って最初の作品はマティス。
ま、ライブでもLPやCDでも、1曲目というのはつかみだ。
つかみが重要なのはお笑いだけじゃない、とはいえ、
ふさわしいといえばふさわしいが、そこに使われちゃったかという感じかな。
“20世紀のはじまり「ピカソとクレーの生きた時代展」”
とタイトルでうたっているが、ピカソ作品の点数はわずか。
でもよかったねえ。
ポスターになってる「ひじかけ椅子に座る女」には心が動かなかったが、
「鏡の前の女」と「二人の座る裸婦」は素晴らしかった。
「裸婦」の実在感みたいなものが圧倒的で、絵が制作されるより前に、
画家の頭中に、まずはっきりとリアルに存在するものがあることがわかる。
これは音楽も文学も他の表現でも同じで、鑑賞者にどれだけ伝わるかは、
表現者がいかにリアルなイメージを持っているかにかかっている。
テクニックとか表現方法じゃないのだ。
「鏡」の方は表現的には対極と言えるが、
その実やはり、物体や肉体の表現を捨てながらその実在をつかんだ感じ。
存在してくれてありがとう、にまた出会いましたよ。

クレーはもっと大量に一度に観たい。
そうしないとわかんないかもしれない。
いっぱい集めると、あるとき圧倒的な実体が「ドカン!」と現れそうだ。
僕と誕生日が同じマグリットの作品は言うまでもなく独特で、
どれも一度観たらその後忘れることはないと思う。
あとはブラックが良かったかな。
そうそう、シャガールの「祝祭日」というタイトルが気になった。
「祝日」あるいは「祭日」ならある特定の日を指しているかもしれんが、
「祝祭日」なら土日以外の休日の総称みたいなものじゃないのか。
そんな辞書みたいなタイトルをシャガールが本当につけたのか、
それとも訳した人がちょっと足りなかったのか、僕には判断出来ず。
辞書を引いたら,キリスト教がどうたらとか書いてあったが意味わからなかった。

さて、そしてこの展覧会のことは僕の中に知識じゃなくて経験として蓄積される。
楽しい思い出は楽しいだけじゃないからもっと楽しいのだ。

インフルエンザ騒ぎで学校が休みになったとき、
退屈を極めていたKを人のまばらな公演に連れていき、
野球の相手をしていたのだが、滅多に動かさない身体を局所的に酷使したため、
その後、肩が痛いわ凝るわで往生した。
しかし、それよりやっかいなのは額の左寄りに出来たいびつな腫れで、
いまだ原因不明だが、虫に刺されたというよりは、
なにかにかぶれた感じで、この期に及んでまだ完治せず。
始まったのは明らかに公園で、グローブとボールで手が塞がっていたので、
右手の手首で額の違和感をぬぐった記憶がある。
考えられるのは毛虫かなにかがそこに触れたとか。
近くに木があったので、それくらいしか思いつかない。
腫れは半分以上引いたが、触ってもいないのにところどころかさぶた状態。
たぶん治りかけなのだが、たまにじっとしておれないくらい痛がゆくなり、
その下の眉を押さえて我慢する。
初期には顔面の妙な火照りを感じたりもしたし、頭痛まであって、
今でも耳の前のリンパ腺?が不自然に腫れているので、ときどき冷やしたりしている。
この世の中にはいまだ姿を現さない静かな敵がいっぱい存在するわけだな。
医者に行けと言われながら行きたくなくてほってるが、行った方がいいのかも。
もう一週間以上になる。

北朝鮮にロシア?
捕虜をとられてなければ相手にしないのが一番ですがね。


2009.5.25

昨夜のライブはなんだかわかんないけど気持ちのいい会になった。
CDも少しは売れて、後で録音を聴いてみても悪くなかった。
なによりお客さんたちがいい感じだ。
僕はこの人達のためにやってる、と思える。
何を言ってんのかよくわかんないが、とにかくそうだ。

ただ、身体がホントに言うことを聞かなくなってる。
演奏する機会が少なくなると、こういう問題が出てくるのはわかってたが、
それも想像以上でちょっと参る。
まあ、精進するしかないか。
精進という言葉は便利。
とりあえず「精進」と言うことで、大抵のことは済まして来た。
そういう自覚もあるの。

全て終了してから、なぜかまこっちゃんと話し込んだ。
彼は話したかったらしいが、そうでなくてもこういう機会がたまにはないと、
お互いの意思が通じ合わない。
僕らはただただ演奏するのが楽しいからやってるわけじゃないし、
ビートルズが好きでたまんないから、お客さんが来なくてもやりつづける、
などという、ある種のアマチュアリズムみたいなものはない。
何をステージから訴え、何を伝えるのか、それを考えずには出来ないよ。

本当に意味のあることってどんなこと。
価値って何?
伝えるのは何のため?
そんなことを考えるのが好きだからやってる。
で、そんなことを考えるのが芸術なんだけど、
ご大層なことじゃなくて、それなりに中身の詰まった人生を送ってる、
そう思えることそれ自体が作品みたいなもの。
しかしこんな文章を読んで誰か理解してくれる人がいるのか。

そういえば最近、日記読んでますよ、とか、
あなたはやっぱり他の人とはちょっと違う、みたいなことを、
複数の人に言われたりなんかして、
逆にわけわかんなくなってたりする。
そんな風に言われて初めて、僕って人からどう思われてるとか、
そういうことをほとんど考えずにいるな、と気づく。
というか、考えてもどうせわかんないからと割り切ってるのだ。

急に思いあたったけど、僕って正直に話してるのに、
話を信じてもらえないことが比較的多くないか。
基本的に、ウソもお世辞も遠慮も大げさも謙遜も虚勢も嫌いだし、
ホントのことをそのまま言うしかしないのに信じてもらえないというのは、
やはりちょっと普通の枠には収まらないのかも。
でも、人の話を額面そのままに受け取ることも大事だよ。

さて、ホントに自分でも何かわかんない日記が出来たぞ。
という前に、わかんない、とか言い過ぎ。


2009.5.22

学校、保育園等みんな休みになって数日。
この異常さはそこにいる人にしかわからんだろ。
来週月曜からは、また学校も再開されるらしいが、
インフルエンザが去ったわけじゃなし。
ウィルスそのものよりむしろ「大したことない」などと、
知ったようなことを言う人達の方が怖いと思う時もある。
結局これは近い将来に、
鳥インフルエンザが広まった時のシミュレーションなのかも。
そのときいかに対応出来るかを試されている。
僕はときどき,その昔ペストが大流行したことを思うけど、
世の中がパニックに陥ったら1人だけ冷静でも何の役にも立たん。
とにかく油断しないことと、慎重な判断かな。
でも、こういう話題は疲れる。

某フリーペーパーに広告を出すことになったので、
時々編集者が電話をかけて来る。
iPhoneが、突如ドゥワップみたいなコーラスをリズミカルに奏で出すのだ。
呼び出し音がジョージ・ハリスンの「I Really Love You」にしたのは僕。
しかし、電話の呼び出しに音楽が鳴ることに、いつまでたっても馴染めない。
もうひとつのケータイは、バイブのみの設定にしてるから、
ここ2年以上も呼び出し音を鳴らしていない。
最初から入ってるあのつまんない呼び出し音どもが大嫌いで、
一度たりとも聴きたくないのだ。
ま、そんなわけで電話をかけても出なかったらごめんです。
尻のポケットに入れてても、密着してない限りわかんないの。
あの「着メロ」を自分で作れた頃が懐かしい。
ケータイ会社が用意した音よりはるかにまし。

「京都市立芸術大学同窓名鑑」などというとこから往復はがきが来た。
以前にも一度似たようなのが来たが、これって大学も同窓会も関係ない。
情報を提供してさらに1冊¥11,000以上も出して買えという。
なんだかかなりいかがわしい商売に思えてならん。
当然返事など出すわけもなく、でも僕の名前も載ってるんでしょう。

そういえば、クレジットカードが一枚見当たらない。
家の中でポンとほったらかしにしてたのを憶えてるので、
外で無くしたんではないと思うが、ちょっと困る。

Tの保育園の担任から電話あり。
保育園からの電話は、この休みに入ってから3回目。
全員にかけてるとしたら、先生たちほとんど別の仕事になってる。
話が終わって「お疲れさんです」と言うと、
向こうの少し固かった声の調子が急にほぐれて笑い声が出た。
なるほど、こういう一言って意味を持つわけだ。


2009.5.19

あれあれ、まったく。
世界は広いのに、いや都合によっては狭いと言う時もあるが、
それでもやっぱり広いのに、自分の地元がこんなに世界中から
注目浴びるようなことになるとは考えてなかった。
はっきりいってこの誤算はかなり痛い。
あれもこれも思惑が外れてちょっと困った事態だ。

次のライブも近いというのに。
制作に2ヶ月かかったCDも完成したばかりだというのに。
教室のチラシも撒いたというのに。
平日昼間も家に家族4人が全員いたんじゃ仕事にならん。

逆境に強いとか弱いとか言うが、僕は逆境に気づかない、
そういう特技?を持っていたが、
なるほど今のこれってもしかして逆境?
それくらいはわかるよ。
ただ、自分一人で解決出来ない問題じゃ、
やっぱり家にこもってるしかないものか。

とりあえずCD聴いてよね。
力が出るよ。


2009.5.11

夕べ、ウチにいるのに
iPhoneが無線LANにつながっていないことに気が付いた。
こんなこともあるものかとそのあたりの関連のソフトを使って、
つなげてみようとしたがどうしてもつながらず。
ハード面の故障でないことを願いながら、
ソフト面で出来ることを、例えば設定を一旦変えてから戻してみるとか、
再起動するとか、リセットするとか、とにかく繰り返しやってみたが、
どうしても直らない。
その間、MacBookは無線LANにちゃんとつながっていることを確認していたので、
iPhoneの問題であることは確信していた。
これ以上やるとこれまでいろいろ自分用に手を加えて来たことを、
すべて白紙に戻して全部やり直す必要がある、という手前まで来て、
これは翌朝Apple Computerに電話するしかないと判断。
今朝になって、何の気もなしに何かをMacBookで検索しようとしたら、
Googleにつながらず。
電話は受話器が「ツー」とか鳴ってるので使えるみたいだが、
無線LANは死んでいた。
さては時々おかしくなる「光」につながってるモデムみたいなのが、
またおかしくなったかと、よくわかんない弁当箱みたいな機械を、
無線LANも合わせて4つとも電源を引き抜いて、
20分ほどおいてからつなぎ直した。
回復。

なるほどつながらなかった理由もわかったし、
元通りつながってまあいいんやけど、
iPhoneがだめでMacBookはつながるというあの時間帯。
その状況をどう説明出来るのか、僕には全くわからない。

世の中にはいまだに「私はアナログ人間なので……」みたいな、
ちょっとトンチンカンなことを言う人がいたりするけど、
デジタル人間なんているわけない。
パソコンほどアナログ感覚で使える機械は他にないし、
「パソコンを使えるから機械に強い」なんていうのは、
パソコンを知らないのじゃなくて、
今の世の中のあり方を認識出来ていないのよ。
「デジタルはアナログの二軍」
これがずっと以前からの僕の持論。
言っとくけど、パソコンなんかより、
最近のオーディオや電話機(固定のやつ)を使いこなす方が、
よっぽどすごいよ。

NHKの忌野清志郎番組は二夜連続だった。
なんというか、とにかくあの人のすべてが本物だと思う。
彼がこの世に存在していたことそれ自体がとってもありがたくて、
人間も捨てたもんじゃないと思わせる。
なんか大仰なことを言ってるようだけど本音の本音。
言いたいことはいくらでもあるけど、上手く表現出来ない。
そういうもどかしい存在なのだな。

そういえば、清志郎氏のバックでドラムを演奏していた人。
ああいうのがドラマーなんだね。
歌い手はそこに全幅の信頼を置き、安心して自分の仕事に専念出来るだろう。
ドラマーになるにはそれに見合った能力が必要だ。
いや、それ以上に、そのスタンスを芯から納得して受け入れる必要がある。
僕とは住む世界が全く違う、非常に異質なものだと思う。
ドラマーよりドラム係の方が楽しいよ。
ただ、役には立たない。
はは。


2009.5.10

忌野清志郎の番組をNHKがやっていた。
この人はずいぶん人気があったのだと今更気づく。
友人の多さにも驚く。
ただ弔辞を読んだ3人のうち二人は有能な俳優でひとりは詩人だ。
なんだかうますぎて芝居がかっているようで複雑な気持ちになった。
僕って本当にただただあのいろんな歌を歌い分ける歌唱と、
ピュアで繊細に紡がれた詩を「はあー」と思いながら、
受け止めていただけだ。
もともと知識を蓄積していくようなタイプじゃないと自覚してるが、
今回もそうだった、と思い知る。
最後の曲「JUMP」ではちょっと泣きそうになる。
別に清志郎氏が死んだことを悲しんでるとかそんなんじゃない。
曲がよかっただけだ。
それで十分だし、それでいいはず。
ご冥福をお祈りするけども、
そんなこと関係なくこの人は幸せなんだろう。
でもお礼は言っておかなきゃ。
ありがとうございました。


2009.5.2

忌野清志郎が亡くなったと報じられていた。
そうなの?
そうなのか?!


2009.5.1

ここ2週間ほど咳が続いていて、
でも風邪を引いたのとは少し違うと感じていて、
結局何かと言えばアレルギーしか考えられない。
一時期は同時に風邪も引いちゃったかと思ったが、
その風邪の感触が去ってもやはり咳だけは続いている。
ときどき止まらなくなる。
Mが医者で「アレルギー用の咳止め薬」というのをもらってきたので、
もらって飲んでみたら、それから咳が明らかに減った。
えらいもんだ。
本当は薬なんて一切飲みたくないけどね。

世間はゴールデンウイークという、
ちょっと頭の良くなさそうな?時期に突入した。
しかし同時に新型ウイルスが世界中を騒がせていて、
こんなときに人の多いとこなんか行くもんじゃない。
もともと僕は、みんなが動く時には動きたくないという、
考え方なので、すすんで動こうとは思わないが、
そうでなくても遊び以外の予定がいろいろあって、
それどころじゃないとも言える。
ま、出かけるにしてもほとんど車だし、
病気をもらう危険性は低いのかも。
なんか世の中、危険だらけになって来たな。


2009.4.30

今日を入れても4月の日記は3回だけ。
ちょっとここんとこの余裕のなさは極端なものがある。
自分から発信する新しい仕事を始めたからね。
これがいいのは自分の理念でできること。
ま、演奏の仕事はまるごと自分の理念ですでにやってるけど。
今まで経験のないこともいろいろやって、
なかなか刺激もあって結構充実はしてるけど、
ただこれをずっとは続けられないし、
早めに安定したところへ持っていかないと。

日記は、全く書いてなかったわけじゃなくて、
今までずいぶん没にしてる。
書き終えるまでに至らなかったり、
書いてもアップロードする時間がなかったり。
今年の初めにサーバを替えて、
実はそれからずいぶん使い勝手が悪くなった。
HPのアップに倍の手間がかかるようになって、
ちょっと億劫にもなってる気がする。
いかんねえ。

バルビネのライブの音源を編集してる。
これもずいぶん前からやってて、
はっきり言って、もういいかげん出来ても良いのだが、
やっぱり時間がなくて、ずるずると。
バルビネを聴いたことのない人達に聴いてもらいたい。
それだけなんやけど。
正直音質は良くないが、僕の経験で言わせてもらえば、
今までに出来なかった演奏がここで聴ける。
やっぱりまこっちゃんの存在は大きいね。
聴いた人にまこっちゃん効果まで、
聴き取れるかどうかは別としてね。
乞うご期待。

そういえば、ステージがあまりに暑いので、
扇風機代わりにサーキュレーターというのを数ヶ月前に買った。
なのになぜか今は、花粉対策として部屋の中に干した洗濯物を、
乾かすのに、毎日働いている。
ステージでの使用はいまのところゼロ。

数日前に、マスクを買っといた方がいいのかなと思って、
ウチの近くの店3軒くらい行ったら、
ウイルス用のはどこも売り切れだった。
すでに遅かったか。
以前に行ったことのあるドラッグストアとか薬屋へ車で行ってみると、
なんと3軒行って3軒とも店自体なくなってた。
今の日本は、町が変わるのが早すぎる。
おかしい。


2009.4.10

ときどきやっちゃうヒザをまた痛めたみたいだ。
激痛というわけでもなくただ頼りない。
しかし関節というのは、そういうもので、
痛いとかじゃなく、ただ変なことになりそうでいやだ。
変なことというのも抽象的でよくは自分でもわからないが、
とにかく変なことにならないように気をつける。
それにしても,その引き金になることはいろいろあるんやろけど、
根本的に関節と言わず、体全体が弱ってる?
なまってる?
朽ちていってる?
ま、そんな印象。
しばらく前には、肩をまわすとどっちだったか片方だけ痛くて、
ラジオ体操をやってみようとした時だったが、
それが出来なくて驚いた。
いつのまにか治った。
やっぱり無理矢理でも時間を作って運動すべし。
年齢にしたがって身体は衰えるが、必ずしも比例しないはず。
そう思ってる。
サポーターしてたらなんか知らんけど必ず明らかに回復。
どういうメカニズムなんやろか。

iPhone の新たな利用法を発見。
青空文庫を読むためのソフトがいくつもあるが、
それらの中には自分でつくったテキストファイルを
読み込めるものがあって、
そのソフトでダウンロードすれば、
好きな文章がいつでも読める。
しかも文庫本の体裁で。
書籍を持ち歩く必要なし。
これをずっと待ち望んでたんよ。
さっそく、保坂さんや高橋さんの、
WEB上で読めるインタビューやエッセイを、
ファイルにして取り込んでみた。
さすがに小説をテキストデータにしたものはないからね。
本を持ち歩くよりはるかに楽で、
文字の大きさやバックの色まで自分で設定出来る。
見つけたよ。

バタバタしながら、ときどきYouTubeで、
Eric Burdon & WARを検索したりしてる。
ほとんど知らなかったが「Love Is All Around」は好きだった。
というか、それが彼らの曲だとさえ知らなかった。
僕の愛用のハーモニカは7本のうち6本がトンボのリー・オスカーだが、
(ウチには他にもハーモニカがいっぱいあるが全部で何本かすら不明。
 家中あちこちに点在)
そういえばリー・オスカーの演奏をちゃんと聴いたことがなかった。
WAR時代のビデオはエリック・バードンばっかり映ってて影が薄い。
ソロの音源も聴いたがあまりピンとは来なかった。
やっぱり僕にはブルースが性に合ってる。
でも演奏するのはちょっと違う。
ディープであればあるほどローカルなんだなぁ。


2009.4.6

先日、武内ヒロクニさんとあらためて話したとき、
彼の口から「反時代」という言葉が出て来た。
あれから何度もそのフレーズを反芻しているが、これには心底共感する。
僕は普段から、時代と関わらない生き方を目標としている。
芸術というのは本来そう言うものであるし、そうあるべきでもある。
小さくまとまらないように。

芸人が東大受験に挑んで破れたという話をテレビでやってた。
うちの大学の倍率もかなりだったが、
あそこまで研ぎすました修行のような受験ではなくて、
あくまで楽しんでやっていた。
ま、僕の場合はほとんど絵を描くことが受験勉強だったからね。
受験ねえ。
ない方が良いとも言い切れないが、あまり加熱するのはどうかと。
そういえば試験で思い出した。
僕にはちょっと変な能力があるようなのだ。

小学校の音楽の時間に、先生がピアノで和音を弾いて、
その和音が何かを、3つほどの選択肢の中から選ぶという試験。
これはクラスで僕一人だけが100点を取った。
でも、ピアノを習っている子とかなら出来てもおかしくないが、
僕には先生が何をやってるのかすらわかっていなかった。
要するに、僕の答えは全てでたらめの当てすっぽだったのだ。
出来るはずの子が出来ず、僕みたいなのが100点獲って、
きっと先生は困ったろうと思う。
何も言われなかったけどね。

高校時代に受けた模試で、僕は170人ほどの受験者の中で7番だった。
まったく勉強なんかしない普段の成績からすると、
100番以下で当然というところにこの結果で、
誰もが驚いたが、僕が一番びっくりしたよ。
ただポイントは、この試験が全て記号で答える問題だったということ。
とにかく僕は記号に強かった。
ただ、強いという表現では間に合わないくらい強かった。

こんな例は他にもあって、
そんなへんな能力で今まで切り抜けて来たようなところがある。
誰にでも多少そんな感じのことってあるのかも知れんけど、
ちょっと不気味なくらいなのだ。

急に「あれっ」と思ってmixiを見てみた。
そういえばそんなものの存在すらしばらく忘れていたような。
たまに見ると、マイミクの中に知らない名前があったりする。
写真が変わるのはいいとして、名前まで変わっちゃったら、
いったい誰なのかさえわかんなくなっちゃうやんか。
すでにわかんないのが何人もいて、たまに人数が減ってたりもするけど、
それだって誰がいなくなったのかわかんない。
あっ、またひとり減ってるわ。
もう、調べようという気にもまったくならない。
こういう混沌とした感じ、苦手だ。

そうそう、iPhoneのカメラが気に入ってる。
ちょっと問題もあるが、何より色が良い。
やっぱり写真は色でしょ。
人の肌が自然に美しい。
いいねえ。


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