2010年12月の日記
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2010.12.31

大晦日なので一年のまとめをなどとは考えないが、
それにしても2010年は面白い年ではあった。
とにかく外国に長期滞在など能動的にはあり得ない。
僕の人生はほとんどが他人によって動かされている。
それでずっと苦労もなく来ているということを自覚している。
ただ全てのことには理由があり、必然だとも確信するので、
与えられる人間は、与えられる理由があるのだろう。
ただ、このまま人生を終わっていいとは思わない。
与えられたものを還元する行程を経ることなく終われない、
というのは義務だと感じているのではなく、僕の前向きな気持ち。
そう思うから、自分を常に前に押し出そうとする力も感じつつ、
自分でも前に出ようという気持ちを忘れずにいられる。
2011年はこのつづきで、ほとんどを日本を離れて過ごす予定だが、
なんだか面白くなりそうで変な期待感がある。
乞うご期待、とは誰に向けてかわからんが。


2010.12.30

「群像」電子書籍版のプレ創刊号を読んでいる。
現在リアル雑誌の方に連載中の小説の第1話を、
ざっと並べて掲載してあるが、僕はわりとこれを買っているにもかかわらず、
連載小説は読んだことがなかった。
なのに連載を目当てに買っていたりもするという矛盾。
高橋源一郎の「日本文学盛衰史」もはじめて読んだがさすがだ。
はじめてこの人の小説を読んだ時には、わけが分かんなかったが、
こんなんならなんでもっと速く読まなかったかと思う。
高橋氏はTwitterでも活躍してるので、本当にiPhoneが楽しくなって来た。

さてもう今年は終わろうとしている。
しかしここはデンマークなので、
現在は常に日本より8時間遅れてそのときそのときを迎えている。
新年も8時間遅れてやってくるということだが、
Twitterみたいなものでずっと日本と繋がっているような状況だと、
逆にへんな感じ、違和感みたいなものがある。
だって自分はまだ今年を8時間かかえているのに、
向こうでは「あけましておめでとー」とかやるわけだ。
僕はいったいどのタイミングで「おめでとう」を言うのか、
とかそんなどうでもいいことを考える。
この時差というやつは、
普段からなんとなく置いてきぼり的な受け止め方もあるわけで、
ちょっと待ってよ、と言いたくて言えない感じを燻らせてる。
僕はことのほか正月が好きだしね。
餅くいてーわ。


2010.12.29

ただただ休みというだけで年末という気分がまったくない。
日本じゃないからこんなもんかも知れないが、
もうすこしなにか感じることもあるのかと思っていた。
ホームセンターで知り合いに会ったら、
「Happy new year」と言われた。
クリスマスを過ぎたらそういうことなのかと。
ま、大事なのはアイデンティティであることは、
どんな場合も変わらない。
互いのアイデンティティを尊重することから始まる。
アイデンティティとエゴティズムは違うよ。


2010.12.28

Tが外で遊びたいというのでつきあった。
とにかく雪が深くてソリ遊びくらいしか思いつかないが、
Tは隣のおじさんにもらったソリが思いのほかお気に入り。
近くのちょっとした坂道へ連れて行って、
なんどか滑らせているうちに、
自分ひとりでソリを引き上げ、乗って滑り降りる、
ということをやり始めた。
少し間違えると危ないところもあるが、
何度かやるうちに、自分で方向転換することも憶えた。
とにかく積極的に取り組めることは自由にやらせる。
僕にとってももっとも楽しくて嬉しいときだ。
当たり前のことだが、子供というのはひとりひとり全く違う。
でもそれは子供を複数持って初めてリアルに実感出来たこと。
これは出来ないといけないことだからやらせる、
みたいなのは教育じゃなくてお仕着せ。
それを素直に受け入れられる子はかえってつまらないね。
子供はひとりひとりを、ある距離を保ちながら慎重に観察し、
その都度状況に応じたケアをしてやることが必要だと思う。
だからはっきり言って一般論なんかには構ってられないんだ。
というか子供を一般化は出来ない。

iPhoneで読書を始めたら、リアルな書籍が面倒くさくなって来た。
だって、置いてても勝手にページが閉じたりしないし、
ポケットに突っ込んでても痛まないし、
なんせあの小さな物体の中に本が何冊だって入るのだ。
日本からいっぱい本を送ったけど、
はっきり言って一冊も読んでない。
本を手に取る楽しみはあるんだけど、ね。
出版は革命を迎えてるよね。
やはりいつかはiPadかなぁ。


2010.12.27

木村紅美の「野いちごを煮る」という小説を読んだけど、
なんか暗い話だった。
純文学が暗いというのはよくあることだが、
なんだか太宰あたりからの、はしかみたいな影響を、
自ら一生治らない不治の病にしてしまったみたいな気がして、
どうにもやるせない感じだ。
いや、木村紅美さんがどうなのか知らないけどね。
世の中が不景気でも、境遇が恵まれなくても、
それを明るくすっとばすエネルギーが欲しい。
ブルースみたいに。
そういえばブルースの歌詞には、
女々しい羨みの歌はあっても、恨みの歌は聞いたことない。
強烈なリズムでやっつけてやれ!


2010.12.26

僕はいつも芸術について考えてる。
それが一番楽しいからね。
僕の芸術はまったくの理想でしかない。
歴史とか技術論、方法論なんかには興味がない。
そういうことに気を取られると、本当の道筋が見えなくなる。
だから実際に作品を作ってる人は大変だよ。
いろんな余計な知識や技術や業界での身のこなしなんかに、
一生懸命になってるうちに、
自分がやるべきことからはずれてるのに気がついたりするだろね。
そのとき、軌道修正する勇気が必要だ。
その勇気を持てないからか、それとも最初から違ってたのか、
変な方向を向いてる人は多い。
僕は本当の芸術にしか興味がないんだ。
あくまで「僕にとっての」だけどね。

聞くところによると、
日本のテレビでデンマークについてやってたそうだ。
内容については全然知らない。
でもはっきり言って「世界一幸福な国」というのは眉唾だ。
別にデンマークがよくないと言ってるんじゃなくて、
「世界一幸福な国」なんて決められることじゃない。
決めることに意味があるとも思えない。
それなのにどんな基準で調べたかわかんないけど、
そんなふうに「キャッチフレーズ」みたいにしちゃうと、
かならずそれは一人歩きしちゃうでしょ。
あと、デンマークはこういう国、みたいな断定的な話も、
テレビの言うことも鵜呑みはダメ。
そんなのどれもある一面でしかない。
全てを知ってる人なんていないよ。
じゃあ自分は日本のこと何でも話せるのか、と考えればわかる。
そうだ、興味があれば来てみればいい。
歓迎するよーん。


2010.12.25

あっ、クリスマスだね。
ウチは今年、生木のツリーを買って、
電飾じゃなくホントのろうそくを枝に立てて火を点けてみたよ。
ちょっとデンマーク式を取り入れたのだ。
鳥を丸ごと焼いたのとケーキも食べた。
だからってどうというわけじゃないけどね。
キリスト教者じゃないし、
だけど子供の頃からカトリック教会とけっこう縁があったから、
逆になんだか抵抗があるのだよ。
まだ自分に宗教が必要だと思ったことがないしね。
ま、融通のきかないちょっと固いところはあるな。


2010.12.24

日本を出る前に歯医者で「大丈夫でしょう」と判断された親知らずが、
少し腫れて痛み出したので、スーパーでリステリンを買った。
これまでにもたまにこれを使ったことがあるが、
とにかく刺激が強くて、ほとんど信じ難いほどだ。
身体にいいとはとても思えないくらいに。
しかしその刺激のおかげかかなり良くなった。
歯茎がおかしい時にはすぐにリステリンを使う。
刺激の強いのをのぞけば、これは使えると思ってる。

今日は風が強いので、降雪がなくても積もった雪が、
あちこち移動して,結局雪かきしたところなんかも雪で埋まってたりする。
積もった雪がいつまでも解けないからちょっとした風で舞い上がる。
雪煙というやつだな。

雑誌「群像」の電子書籍版というのが春に出るそうな。
その準備号的なものを手に入れたが、これが盛り沢山で驚喜。
ま、ほとんどは既に群像誌上で発表されたものだが、
買っておきながら読めずに、日本において来たものがほとんど。
ここにいたってこれが読めるとは。
野間宏「顔の中の赤い月」読了。
なんともいえず嬉しい。

先日は田山花袋の「少女病」というのを読んだけど、
なんだかすごいね。
でもこういうのが現代っぽいのかも。
だからピックアップされてるんだろけど。
いや、人間の本質はそう簡単に変わるものじゃないな。


2010.12.23

デンマークも当然の如くクリスマスなので、
妙に浮き足立ってる感じあり。
今年の一年は今日で終了で、明日からクリスマス休み。
ウチは別荘地なので、
夕方にはいつもなら見かけないはずの車がいっぱい止まってた。
クリスマスねえ。
あんまり声高に「メリークリスマス!」とか言うのは苦手だ。
僕はクリスチャンじゃないし、
日本人ならもうちょっと天皇誕生日とか、
他にもなんかあるだろ、と思っちゃうのだな。
いや、特に天皇陛下をどうのというんじゃなくて、
だとしても天皇誕生日があまりに静かだなと。
ま、融通のきかないやつだ。
そんなわけで休みに入るけど、1月3日からもう動き出すらしいよ。
おいおい正月の三ヶ日になにしてんねん、ちゅう……。


2010.12.22

気温が低いので、外で雪かきとか薪割りとかやってると、
鼻息がヒゲに結露していつのまにかびしょびしょになってる。
これがすごくやだ。
だからちょっとこまめにヒゲを切ろうと思ってる。
やや短めに。
今朝はさらにいつも以上に気温が低かったらしく、
口元を動かすと少し突っ張るような感触が。
どうやらヒゲで結露した鼻息が、そのあと冷気で凍ってるらしい。
恐るべし。
そういえば、鼻から息を吸い込むと、
鼻の中がパリパリした感じになるのも、
鼻毛が凍りかけてるのかもしれん。
昨日あたり、車のウインドウが曇っていたので拭いたけど、
ちっともとれないのでよく視たら、
曇りがそのままのかたちで凍っていた。
気温が上がらないので、ほっといても解けることがない。
ソリについた雪も、ソリ遊びをした日から何日も、
同じ形でついたまま残っている。
とにかくエラいとこだわ。
毎日あたらしく脳にインプットされることが目白押し。

Twitterのリツイートでまわって来たものに、
「これアーティストの人に聞きたいんだけど
 アーティストみたいに綱渡り的な職業やってると、
 次第にスカイダイビングもバンジーも激流下りも
 チョロくなってこないですか?
 そもそも人生命がけだからレジャーで命かけるなんて
 屁でも無くなって来る現象が私に起きてんだけど」
というのがあった。
思わず反論したけど、
アーチストはどうでもいいことに命をかけてるわけじゃない。
一生を費やしてもいいと感じたことに命を捧げてるのだ。
ま、何に命かけるかはその人の勝手なんだけど。
ちょっとびっくりしちゃったよ。
アートという言葉の一人歩きは危険だい。


2010.12.21

毎日どれだけ少なくとも数人と「ハイ」という挨拶をかわす。
知り合いならもちろんだが、同じ幼稚園の保護者も当たり前。
それどころか街中やスーパーなど、なんでもないところで、
たまたま目が合った人や、店員などとも自然とかわす。
僕はこの「ハイ」がことのほか気に入っていて、
そのたびになんだかウキウキするのだが、
それはデンマークの人たちの笑顔によるのだと思う。
彼らは挨拶を交わすとき、必ず目をまっすぐ見て、
顔の全部の筋肉を使った笑顔を見せる。
少なくとも今の時点では、受け入れてもらっていると思う。
やっぱり来る前には、いろんな話も聞いていて、
人種や国籍に対していろんな意識のある人たちがいるのではと、
勘ぐっていたが、現段階ではそういう思いをひとつもしていない。
聞くところでは、いろんな高度な日本製品の流通などと、
アニメの人気や、あわせて神秘的なイメージなどにもより、
日本人はそれなりに尊敬の対象として存在してるとも言うし、
まあ、ありがたいことこの上ないです。
話が逸れたけど、そんなわけで毎日「ハイ」を連発している。
こんなに楽しい挨拶はない。
日本に帰っても自然とやってしまいそうだが、
これやると浮くだろな。


2010.12.20

以前から思っていたことだけど、
デンマークへ来てあらためて強く感じるのは、
日本語というのは機能的に非常に優れながら、
同時にとても美しい言語だということ。
音の響きがいい、みたいなことを複数の人に言われた。
ただ、その分、修得するのは難しいのだと思うし、
日本へ来て1〜2年ほどで普通にしゃべってる外国の人たちを見ると、
この人たちはなんと勤勉なのかと思わずにいられない。
言語というのは、常にアイデンティティだと感じていて、
特に陸続きのヨーロッパの国々が、
どこも自国の言語を所有しているということに、
ものすごくプライドというより誇りを感じて、
ふっと振り返ると、日本語をわちゃわちゃにしている日本人に目がいく。
自国に誇りを持てない日本人たちはどこへ行くのか。
そんなことを考えるのじゃよ。

そうそう、大事なことを忘れてた。
小さな子供と老人をのぞいて、基本デンマークの人たちは英語が出来る。
もちろん得意な人、流暢な人と、不得意な人、
単語がなかなか出てこない人など、様々だけど日本人みたいなことはない。
要するにバイリンガルという言葉が不要な世界が、
すでにここに存在するということ。
当然いろんな原因があるにせよ、
言語というような「道具」を扱うことに四苦八苦してたんじゃ、
話にならんのだねえ。
自戒を込めて。


2010.12.19

「Twitter社会論」読了。
軽く使用するだけならこんなもの読む必要もないのかもしれんが、
ちょっと利用するというより、もっと何かあるはず、
と思えてしまったものだから。
とにかく僕は、Twitterによってインターネットはここまで成熟した、
と思っていて、だから出来るだけ多くの人に参加してもらいたい。
アカウントだけ持ってて、ほとんど読むだけとか、
自分のツイートはロックしてるとか、
そんな人たちにももっと出て来てもらって、
まあ、僕なんかまだ使い始めだけど、
ヘビーユーザーになると、多分人生が変わって来る。
ヘビーユーザーが増えると、世の中も変わって来る。
今まであり得ないと思っていたことが現実になる。
そんな可能性を秘めている、はず。
とりあえずは「時間がないから」というのを、
やらない理由にしている人たちを引っぱって来たい。
「時間がないから出来ない」というのは全く間違ってる。
時間がない人ほどやるべきなのがTwitterだよ。

デンマークへ来てから知り合った人が、
実はデンマークについての本を書いていた。
というので、ちょっとビックリ。
昨日だったか、電子書籍版が発売されて、
僕もiTunes Storeで購入したが、読むのは大変そう。
もともとリアルな書籍として作られたものを電子に置き換えただけで、
電子書籍として、ちゃんと作られたものとは言い難い。
もったいないな。
こういうのがまだまだ整備されてないのが気になるところ。
「Twitter社会論」にしても、お世辞にも良い出来とは言い難かった。
ストレスなしに読めるようになれば、
あきらかに、本という物体よりは便利だと思うがなあ。
ま、買ったからには読むよ。
いつとは言わんが。


2010.12.18

「Twitter社会論」という書籍をiPhoneで読んでいる。
こうなって来ると、やっぱり電子書籍の存在は大きい。
だって、僕は日本語じゃないと読めないし、でも、
インターネットさえあれば電子書籍ならどこにいても手に入る。
そう思うと興味が過剰に湧いて来て、
昔、毎日のように書店巡りをしたような感覚で、
iTunes Storeをのぞいたりしてる。
基本iPhoneでしか読む気がないので、他はない。
しかしまだまだ店頭に並ぶ商品数はごく少数で、
なかなか欲しいものなどない。
時間じゃなく、時代が早く進行すれば、と思うときだ。

「Twitter社会論」は少し前の本で、今となっては、
と思う部分もけっこうあったが、Twitterというものについて、
自分がおぼろげに感じていたことを、
ああ、こういうことか、と明文化してくれたような感じで、
非常にためにはなった。
それにしても、津田大介氏より、
解説を書いた東裕紀氏の文章が僕の感覚にピンと来るものがある。
これはツイートを読んでいるときから思っていたことだが、
この人の書く内容ではなくて、
文体というか、語感というか、そういうものが、
なぜか僕にフィットした。
こういう感覚はあまり経験がない。
かなり面白い体験。
ただ、彼も僕も時間と共に変わっていくに違いないのだが。


2010.12.17

なんだか毎日いろんなことがあって夜には朝のことを忘れてる。
あるいは、朝あったことが昨日か一昨日のことのように感じる。
そんな毎日に曜日の感覚どころか、季節感まで奪われてる。
もちろんこんなに雪に囲まれてるんだから冬には違いないけど、
そしてカレンダーを見れば、すぐそこまでクリスマスが迫っていて、
あ、日本ではその前に天皇誕生日ですぐ後にはもう正月だ。
肌で感じるようなそんな時期のイメージなんて全くない。
ただ忙しくしていて、でも何も出来てない、なんというこっちゃ。
というのが、まあ、現状かな。
十分以上に楽しんではいるけど、もっと密度を上げないと、
ということだ。

今朝は降雪はなし。
しかしKを学校へ送るために車を出そうとしたが、
ドアが凍って開いたはいいが閉まらず。
何度やっても閉まらないので、ロックをいじったら、
少し恐れてはいたが案の定ロックが戻らなくなった。
無理矢理そのまま閉めて、助手席側から乗る。
助手席のドアは、何度かやるうちに閉まった。
少し前に同じようなことがあったがそのときはすぐ直ったが。
とにかくなにもかもバリンバリンに凍っていて、
なるほど、こういうこともあるわけだ、
というのがひとつ増えた、と言うかね。
エンジンはいつでもすぐかかってくれるからなんとかなってる。
ここが線かな。

肉屋の店先で売ってる芋クサいコロッケが食べたいな。


2010.12.16

かなりひどい状態だったMacBookにメス。
なんか無意味にポインタがくるくるまわることが多くて、
買った当初はこんなことはなかったはず、と思いつつ、
決定的な対処法を知らずにいた。
OSが6〜9の時代には、システムの中を自分でいじくって、
かなりアクの強いカスタマイズになってたんじゃないかと思うけど、
OSXに移行したのが遅かったのと、
新しいものをあらためて勉強しようという意欲に欠けるのとで、
ほったらかしだった。
今でもOSXは理解していない。
そういえば、Adobeのソフトもそうだ。
Illustratorなんか、僕の知識はver. 5.5で止まってる。
とりあえず今回は「OniX」というフリーウエアで、
どこまで出来るかとやってみたけど、えらいもんです。
現時点でなんとなく早くなったのはわかる。
うまくやれば,こういうことがお金をかけずに出来るわけだ。
考えてみれば、今はけっこういろんなことが無料で出来る。
これによって生かされてる気がしないでもない。
これでバランスがとれているという世の中は、
いい世の中なのか、それとも爆弾をかかえているのか。
ま、どうでもいいか。
毎日書いてるせいか、このところ文章がかなりひどい気がする。
ちょっとむちゃくちゃになって来た。
それも一興ということで。

Tは昨夜がよほど楽しかったらしく、
「昨日のとこ、また行く〜?」
と何度も訊いていた。
「行けたら行こ」


2010.12.15

チボリに行ったよ。
クリスマスまでの冬期営業は日没後がいいと、
誰かが言ったかどこかに書いてあったとかだったが、
やはりはじめて行ったときに暗いんじゃあ、
どこになにがあるやらよくわからず。
あまり効率よく動くのも面白くないので、
遊園地の平面図すら持たずにいたら、
本当にわからなくて、でもなんだかそれが楽しかった。
予備知識なんかないほうが楽しめる、とはいつも思うこと。
いろんな店が出ているので、そういうのを、
特に食べ物なんかを売ってる露店的なところが面白そうだったので、
もっとよく観たかったが、KとTがいるんでは、
結局乗り物三昧に終始。
Kは、これで元が取れた、とか変な計算してるし、
Tはとにかく楽しすぎて妙なテンション。
乗り物って言っても、
日本の昔の遊園地にあったようなのがほとんどで、
特に珍しいものがあるわけじゃない。
でも、僕はこういう素朴なものの方が、
本当はそれぞれの楽しみ方が出来ると思ってる。
テーマパークは好きじゃない。
ああいうとこは、テレビゲームと一緒で、
ここでハッとする。
ここは笑うとこ。
さあ、クライマックスですよー!
って、誰でもパターンにはめられてしまって、
こっちの反応まで向こうが予測してるんだ。
とか言いながら、それでも行けば反応しちゃう。
だからなおさら好きじゃない。
阪神パークとか宝塚ファミリーランドが懐かしいよ。
チボリはイルミネーションが、さすがデンマークと思ったな。
飲食店はとりあえずカフェと、
ファストフードみたいなとこしか行かなかったけど、
もっといい店もあるらしい。
また行く機会があるか否か、わかんない。
今度は明るい時間に行きたいね。
はあ、今日の文章は特にひどいな。
疲労。
直す気力もなし。


2010.12.14

ほんとにウチの前の道路と来たら、
天気のいい日にもあんまり日が当たらないもんだから、
とにかく氷に固められちゃって、歩くことすら危険。
車も歩行者も極端に少ないからなんとかなってるけど、
誰か歩いてたりしたら、危なかしくて車も出せないよ。
それでも毎日必ず何度か出かけるけど。
舗装されてないから除雪車も手が出せない感じだな。
秘境だよこれ。


2010.12.13

今日は待っても待っても届かない運転免許証の催促と、
片方だけ妙に暗くなった車のヘッドライトの点検の予定。
朝出かけた時には時間が早すぎたので、昼から出直して役所へ。
申請をしたときと同じ人と話せたのでラッキー。
しかし返事は、「届くのがいつなのかはわからない」
「これ(仮免許)は3ヶ月の期限がある」とそれだけだった。
3ヶ月にはまだあと1ヶ月近くあるが、
日本人の感覚では、申請してからもう2ヶ月ですよ!ちゅうとこだ。
ただ向こうが、それしか言えない、という態度では、
こちらとしてももう少し待ってみるかとしか考えの持って行きようがない。
とにかくこのあたりは感覚の違いだろうけど、
どうしてもピンと来ないとこ。
クルマを買った小さな修理工場。
ここで見てもらったら即電球の交換が始まった。
55kr払ってすんなり終了。
車のライトがちゃんとしてないのはどうも気持ちが悪かったので、
すっきり楽になった。
帰りに郵便受けをのぞいてみると、なんと免許証が。
今日かよ!


2010.12.12

フレデリクスボー城内の教会で知人のコンサートあり。
なんといっても城の中の教会なので、
他より貧相じゃ話にならないとは思うが、
天井、壁面、とにかくレリーフや絵画で埋められた豪華な教会。
こんなときしか入れないというのでゆっくり鑑賞したいけど、
コンサート終了後はあまり時間もなく残念。
撮影もNGだった。
そのあたりよく知らないので、くわしくわかんないけど、
バッハの曲なんかをバンドをつけて30人ほどがコーラス。
曲によっては、ふたりないし三人のメインがヴォーカル。
音楽としては僕にはあまり憶えのないタイプのものだった。
バッハの曲のいくつかくらいは僕だって知ってるけどね。
歌にかぶせるように入って来る高音のサックスが印象に残る。
これからなにか思い出すものがあって、
それが何なのかとずっと考えていた。
サックスからたどって、まずフルート奏者のいたTRAFFICを
思い出したけど、なんだかちょっと違う。
結局行きついて自分でも納得したのはGeorge Harrisonだった。
教会で聴いた音楽とGeorgeが繋がるなんて意外。
でも近年のものじゃなくて、やっぱり、
Tom CatやJim Hornを擁していたころの音楽。
なんだか懐かしくて聴きたくなったけど、
iPhoneに入ってるかどうかだな。


2010.12.11

今日は予定がいくつもあり、どれも結果が見えないものだったので、
朝からちょっと落ち着かない部分もあったが、
なんとか無事に乗り越えた。
ま、それほど大層なことでもないか。
気温が夕べからかなり上がってたようで、
夜のうちから積もった雪が解け出していたのを知っていたが、
朝外へ出てみると、一晩でこんなに解けるもんかというくらい。
なんだか感動的なほど。
というか、雪が解けて喜ぶなんて考えたことなかったねえ。
ただ、大きな道へ出るまでの、うちの周辺の道路に関しては、
これまでで最悪の状態。
積もっていた雪が解け出したはいいが、
解けきらずどろどろ状態で一部はまだ凍ってる。
結果的に車は横滑りしながら無理矢理前に向かう。
なんというか、あえて言うなら船に乗ってるみたいな感じ。
対向車が来たら避ける場所もないのに、
強引に少しコースを逸れながら、
足を取られないようにするのに精一杯。
ホントに何やってるんやろ、て感じだわ。
こういうの遊園地にあってもいいかも。

デンマークの運転免許証、申請してから2ヶ月が過ぎた。
まだ届かず。
こっちの人に訊いても、それは忘れてるな、と言う。
忘れてるってどういうことなのか理解不能。
そうはいっても今持ってる仮免許の有効期限は3ヶ月。
これ以上ほっとくわけにもいかん。
また役所か、めんどくさ。

そういえば、こっちのIKEAでもカードを作ったが、
まだ届かず。
申請がいつなのかも忘れた。
ちょっと住所の記入を間違えたりした気もするので、
メールを書いたら、遅い時にはカードの発行まで、
8週間かかるとかいう返事が来た。
8週間ってナニする時間?
もうほんま意味わからん。


2010.12.10

iPhoneに変なメッセージが何度も表示されたので、
これは何かと考えていた。
「このアクセサリはこのiPhone用に最適化されていません」
なーんも繋いでません。
つけてるのはカバーだけ。
そういえば、 Macに繋いだ時にiPhotoがちゃんと反応しなかったし、
iTunesの動きも変な気がしたっ。
不本意ながら故障の可能性も想像しつつ、
さらに知識と経験をめぐらせると、
あ、今日、雪の上に1回落としたな、とまた良からぬ情報が発覚。
うーぅぅむ。
これは、コネクタか!
と覗き込んでみると、なんか霞んで見えない、のじゃなくて、
ホコリがたまってる!
そういえば以前にもちょっと変だと思った時に、
ついでがあったのでApple Storeで見てもらったら、
イヤホンジャックにホコリがたまってたことがあった。
これはホント、注意しないとね。
だってデンマークにはApple Storeがないんだよ!


2010.12.9

予報の通り、今日は結構な雪量だった。
でも温度が高い分だけ動きやすくて助かる。
スノータイヤを履く前に大雪に見舞われたときのように、
本気で危険を感じることは稀になった。
しかしどうなんだろ。
冬はまだまだ続くよね。

Mが、買い損なったものがあるというので、
急遽、朝一でコペンへ。
片道五十数キロのデンマークの道も要領を憶えたら、
苦労はなくなった。
ただ、ナビ頼りだから道筋は憶えてないよ。
誰かがナビを使ってると頭が悪くなるって言ったけど、
それは言えてる気がするね。
でももう無理。

この時期になると、朝でも午後でもコペンは凄い人だ。
百貨店のアイスクリーム売り場は、
なんか別のクリスマス商品に入れ替えられてた。
一度も通ったことのない道を指差して、
「ここからでも行ける?」とMがいうので、
遠回りかもしれないと思いつつ「行けないことはない」と、
行ってみたら、いろいろ面白い店を発見した。
ある本屋のウインドウは、真っ赤な表紙の本だけをいっぱい並べてた。
あ、これ写真撮ろうと思ったのに忘れてたな。
見事だったよ。
あるはずだけど、どこにあるかわからないと言ってた店も、
その通りにあった。
そうやって僕らは、
みんなあるべきところへ導かれているという気がする。

僕って能天気だと思われてるけど、それは性格だね。
ただ、考えてないわけじゃない。
むしろ考え抜いて、苦しまない境地に至ったわけだな。
20代までは苦しんでたもん。
でも苦しむこと自体は、偉業でも美徳でもなんでもない。
そんなもの誰も興味持たないし、何も生み出さない。
感じることと考えること、それに受け入れること。
これに尽きる。
あくまで個人的な思想ですがね。


2010.12.8

右足の中指か薬指の腹あたりがどうも気になる。
なんか足の力の入れ具合でチクチク刺激がある。
そう思って見てみると靴下にごくごく小さな木の破片がついていた。
薪を部屋まで運びいれるわけだから、こんなことはよくある。
でもまだなんか変なので、靴下を脱いでみたら、
中指に実際に刺さっているものが。
これか、とひっぱったがなかなか抜けず。
注意深く力をいれると、めちゃくちゃ細い、
それこそ縫い針なんかの数分の1くらいのとにかく細いとげが、
4ミリほどに渡って出て来た。
げっ、こんなに深く刺さることがある?
注意が必要だ。


2010.12.7

雪の中に入っていける靴をいまだ持っていないというのは、
やはり問題だった。
それどころか、日本でも夏に履くようなメッシュで出来た、
一瞬水たまりに触れたらもう終わりというような、
軽い靴ではやっていけるわけがない。
これはKの話。
Mと僕も雪が積もってからあわててブーツを買ったが、
とにかくそこそこのものは値段もそれなりで、
躊躇なく買うのは難しい。
「前に見た店にいいのがあった」とKが言っていたので、
じゃあ、とわざわざHilleroedに連れて行ったが合うサイズがなくて断念。
訊くと「前に行ったのはFrederiksvaerkの店」だと言う。
なんだそりゃ、早く言え。
結局近場の店で本人希望の品を手に入れ落着。
とにかく気に入ったものが手に入れられてよかった。
そうでなきゃ有効な利用は叶わないものだ。
それにしてもこちらのひとたちの笑顔はいちいち僕をリセットしてくれる。
知人たちばかりでなく、購入先の店員たちのみならず、
昨日など、たまたま立ち止まった場所にあった店の入口の戸を、
Tが触ってガタガタやったものだから、店員の女の子が戸を確認に出て来た。
僕が謝る意味で会釈すると、それこそ会心の笑み。
日本人には出来そうもないこの笑みに僕は救われる。
根拠もなく励まされる。

Tが自作の折り鶴をくれた。
下手だけど成長が見える。
というより、積極的に取り組む姿勢が◎。


2010.12.6

今日、平日なのにコペンはものすごい人出だった。
デンマークはかなり特別な時期を迎えた感じ。
日本も形ばかりのクリスマスにかこつけて毎年浮き足立つが、
クリスマスがなんのことなのかさえ知らない人がいるんだから、
当然その質はかなり違ってる。
ただお祭り好きなだけだもん。
そういえば、僕はいまだにハロウィンの意味がわからない。
調べたこともあるけど、結局理解出来なかった。

日本にいるとき、この時期になるとやたらと家や庭を光らせたり、
ベランダをサンタに登らせたりと、
節操のない電飾やデコレーションをする家々を観るのが嫌いだった。
ふざけてるとしか思えないようなこういう家が、
近所にあると歩いて帰宅するのが楽しくなくなった。
きっとクリスマスが何の日か知らないと思うな。


2010.12.5

マーケット二日目は、降り続ける雪のせいか、
客足がぴたりと止まって売り上げも伸びず。
でもKは満足そうだった。
良い経験をさせてもらえたし、周りの人たちとも仲良くなって、
ほんとに僕が待ち望んでいたイベントはこれだったのかもしれない。
Kは常に人より一歩引き気味なのがたまに傷。
もう少し増長するのを待ちたいと思う。
十二分な素質を発揮して、人を喰って欲しい。
つづく?


2010.12.4

Kは生まれた直後から、会う人会う人に「かわいい、かわいい」と、
本当にチヤホヤされて来た。
「かわいい」と言いながら実は驚愕している、という人がときどき混じる。
それくらい「かわいい」と言われ続けながら育ったので、
チヤホヤされ過ぎで、性格がおかしくなっちゃうんじゃないかと、
心配したぐらいだったが、
当の本人は「自分はよくかわいいと言われる」とはっきり自覚しながら、
まったく気にもかけないという、これまたおかしなやつだった。
そんな彼も、前歯が生え変わった時点でイメージが変わり、
「かわいい」などとは言われなくなったが、年齢的なものもあったのかも。
攻撃的な部分とマイナスの思考をほぼ持たないという、
ちょっと珍しいキャラクターは、
どこへ行っても必ず友達を作って来るし、
あちこちで物をもらったり、高価なものを拾ったり、
福引きみたいなものでは必ず何か当てたりと、
不思議な運も持っている。

昨夜、Kは翌日に迫ったクリスマスマーケットについて、
「売れるかなあ」とめずらしく弱気なことを吐いた。
「さあな」
「大失敗っていうこともあるよな」
常に良いことしか考えない性格が、このときは少し揺らいでいた。
「そうやとしても、それはそれやな」と僕。
「うん」このあたりの受け取り方はいつも通り。
彼は、作った折り紙が芸術協会長の目に留まり、
急遽マーケットに参加することになっていた。
僕は、とにかく自分の力でやり尽くし、
経験することのみが彼の大きなステップになると思っていた。
見守るしかない。

で、フタを開けてみればこれがとんでもない大好評。
Kは売りながらも新しいのを作り続けたが、
一時は商品が足りなくなるかというところまで来た。
彼はもうホクホクだ。
そこまで折り紙というものが、
デンマークの人たちに興味を持ってもらえたということも意外だった。
だって日本ではあったりまえのモノだもん。
Kの学校の先生や、Tの幼稚園の先生まで来て、
みんなそれぞれ買ってくれ、
さらに新しい「鶴」を10羽折って月曜日に学校へ持っていくことに。
こういうことがなにか新しい体験や挑戦に繋がらないかと、
常に期待しながらバックアップして来たが、
今日は、前から好きだった折り紙を披露することで、
本当に明らかな新しい成果を得た日になった。
蛇足だが、売り上げは約400クローネ。
75個ほど売れた計算らしい。
日本円で約6,000円。
中学一年生は笑いが止まらんはずだわ。


2010.12.3

デンマークに来てから、こちらの日本人何人かと知り合った。
日本人が少ないこの国では貴重な出会いでもある。
twitterなどを通じて連絡を取り合ったりするようになった人や、
ブログなどを観せてもらっている人なども含めて、
僕の知るこちらの日本人をおおまかに俯瞰してみると、
非常に生真面目で几帳面な人が多いように思える。
違うかな。
でもどう見ても南国へ行くタイプには見えない。
そういう傾向ってやっぱりあるのかも。
もちろん例外はある。
自分のことはわかんないけど。

日本は明らかに競争で成り立つ社会だけど、
デンマークには競争がない。
だから日本の方が、
突出した人材や世界的な企業なんかは生まれやすいのだと思う。
でも、競争がない分デンマーク人には精神的な余裕があって、
ものすごく人に優しいし、人懐っこい。
これはどちらが良いとか優れているとかじゃなくて、
本当はその中間がいいのかも。
ただ、きっとその位置ではじめても、
そのうちどちらかに走り出すことになる気がする。
人間てそんなもんじゃないのかな。
そんなことを話したよ。

The Bandの「Northern Lights-Southern Cross」が欲しくて、
iTunes Storeへ行って、
Danko Fjeld Andersenの「Ridin' On the Blinds」を買っちゃった。
これまでにさんざん聴きたおした「Northern〜」より、
欲しくて、でも聴いたことない「Ridin'〜」に
目が行っちゃったのだ。
うーむしかし、聴いてみると良いけど1枚目ほどでは。
外付HDには、The Bandのデータがあるかもと思って見たら、
1曲もなくて愕然!
まいったなあ。
日本に帰ればLP1枚、CD2枚も持ってるのに、
あらためて「Northern〜」を買うというのも抵抗はあるのだ。
そういえば、The Beatlesの「Abbey Road」は、
CDだけで3回買った気がするな。
どうでもいいか。
とにかくもどかしい。

いつ気づいたのか自分でもよくわからんけど、
Adobe GoLiveが最近ちゃんと動いてる。
不思議だ。


2010.12.2

Tがペットボトルのラベルを指差して「ぶろ」と言った。
なんのことかわからず、きょとんとしていると、
また何度も「ぶろ」と繰り返すので「何」と訊くと、
「青はブロやで」と言った。
デンマーク語で「青い」は「bla(正確にはaではなくaの上に゜)」で、
カナで書くと「ブロ」に近い。
こんな感じの出来事が続くようになって来ている。
明らかにこちらへ来てから、口数も増え声も大きくなったTは、
急激に自分の人生の道筋を固め始めたというくらいの成長を見せている。

Kが週末に折り紙のワークショップを行うことになったので、
家族としてはそれをバックアップしている。
経験のないことを、こんな地球の裏側でやってみるって、
どんな気分なのだろう。
今は毎日こつこつ折り紙を作って作品をためている。
Kもここへ来て明らかな変化を見せている。
状況を俯瞰した冷静なコメントを吐くようになったことは、
ものすごく興味深い。
浅はかな大人など完全に見透かしているようだ。

 本当に貴重で面白い経験をさせてもらっていることを、
 お世話になっている人たちはもちろん、
 家族や自分の人生にさえもものすごく感謝しているところです。
 今のみならず、僕は自分の人生が楽しくてたまりません。

これは、僕が今日ある人に書いたメールからの抜粋。
まだ送ってないけど、なんだかここに書きたくなった。
デンマークがどう、とかいうんじゃなくて、
とにかく自分の人生が楽しい。
それはずっと前から思っていることだけど、
だからって特別恵まれてるというわけじゃない。
僕は、楽しもうと思えばなんでも楽しくなるという法則を、
自分で見つけた。
苦しいとか、ひどい目に遭っていると思っている人は、
結局幸せになんかなれるわけがないのだ。
被害者意識を捨てよう。
上昇指向なんて邪魔っけだ。
全てのことは自分の責任、他人は関係ない。
自分のことだから、全ては自分で修正出来る。
なにがあっても腹なんかたたない。
自分のせいだもん。
何もないのにニヤついちゃうのはなぜだ?
そんな感じ。

Twitterをのぞくと、みんなそれぞれ別の場所で、
それぞれの人生を楽しんでいるのがよくわかる。
そもそも不幸ってなんなのだろう。
それは幸せと同様に、
その人の中に潜んでいるんじゃないのか?


2010.12.1

午前中すっごくきつくてクラクラしてたけど、
お昼を少し過ぎて楽になる。
今日はなんだか気分も良くて、一歩踏み出せる気がして来た。
問題というのはどこにもそれなりにあるけど、
やはり特定のところに集中するものだ。
ひとつクリアすることで、9割方オーケー。
面白くなって来た。


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